入門編 ジェラートを知る
味わいの言葉
Le parole del gusto
「おいしい」と言ったあと、少し困ったことはありませんか。たしかにおいしかった。でも、何がどうおいしかったのかと聞かれると、うまく言えない。それは、あなたの感じ方が鈍いからではありません。ただ、言葉を渡されていないだけです。この章では、あなたがすでに感じているものに、名前をつけていきます。
「おいしい」の、その先へ
伝えようとすると言葉が足りない——前の章は、そう言って終わりました。ワインに「酸」、コーヒーに「後味」という言葉があるように、感じたことに名前がつくと、人はそれを確かめられるようになります。名前があるから、次に食べたときに比べられる。比べられるから、自分の好みがわかってくる。
この章でお渡しするのは、七つの言葉です。どれもむずかしい言葉ではありません。そして、ここまでの章で見てきた仕組みが、そのまま一つひとつの言葉の理由になります。「なぜそう感じるのか」がわかっている言葉は、覚えなくても身につきます。
ひとつだけ、先にお断りしておきます。これは正解のリストではありません。この七つで言い表せないものを感じたなら、そのときは、あなたの言葉のほうが正しいのです。
口の中の、三つのコマ
ワインやコーヒーの味わいの言葉は、たいてい香りの種類で整理されています。「ベリーのような」「ナッツのような」と、感じたものに名前をつけていく方式です。
けれどジェラートには、それだけでは足りません。食べているあいだに、状態そのものが変わっていくからです。口に入れた瞬間は硬く冷たい固体で、数秒後には溶けかけの液体になり、やがて消えてしまう。こんな食べものは、そう多くありません。
だからジェラートの味わいは、時間の順にとらえるのが自然です。ひとまとまりの印象として掴もうとするより、三つのコマに分けてみる。そうすると、これまで「なんとなくおいしい」で通り過ぎていたものが、急に見えるようになります。
入ったとき — 冷たさと、きめ
最初のコマは、スプーンが口に入って一秒ほどのあいだです。まだ溶けていません。ここで感じ取れるのは、二つあります。

一つめは冷たさ。「角がある」「穏やか」「ぬるい」と言い分けてみてください。とても冷たいと角が立ち、舌に刺さるように感じます。理由は第6章で見たとおりで、出す温度が低いほど、香りも甘さも同時に引っ込むからです。だから冷たさは、それだけで味の話でもあります。
二つめはきめ。舌が触れた瞬間の、粒の感じです。第6章では、氷の粒が大きいと舌が「ザラザラ」「ジャリジャリ」と感じることを学びました。ここでは、そのざらつきを二つに分けてみます——「シャリつく」と「砂を噛む」です。どちらでもなければ「なめらか」。
第4章・第6章で「ジャリジャリ」と呼んだのは、このうちのシャリつくほうです。氷の粒が育った合図でした(第6章)。砂を噛む感じのほうは、手ざわりがもっと硬く、原因も別にあります。
同じ「ざらつく」でひとくくりにせず、この二つを言い分けられるようになると、それはもう原因を読んでいることになります。
Approfondimento — 深掘り氷の粒は、保存中にどう育つのか↓ 降りていく
Approfondimento — 深掘り砂の正体は、氷ではない別の結晶↓ 降りていく
溶けているあいだ — 口どけ、コシ、立ち上がり
二つめのコマは、体温で溶けはじめてからの数秒です。ジェラートの本番はここにあります。
口どけは、溶けていく速さです。「すっとほどける」「ゆっくり」「すぐ消える」。溶けかたを決めているのは、凍った部分と凍らない部分の割合、そして出す温度です(第6章)。速く消えるのも、長く口に残るのも、その割合と温度が違うという合図です。
コシは、押したときの手応え。「もったり」「中ほど」「さらり」。スプーンで押すと流れ、力を抜くと止まる——ジェラートはそういうふるまいをします。舌もまた、押したり押し返されたりしながら、その配分を読み取っています。この押し返しには職人の呼び名もあって、次の章でもう一度出てきます。
Approfondimento — 深掘り押すと流れ、離せば止まる — 口どけの物理↓ 降りていく
立ち上がりは、香りと甘さが来るタイミングです。「すぐ来る」か、「一拍おいて開く」か。冷たいうちは抑えられていたものが、口の中で温まってから遅れて戻ってくる——これがジェラートの香りの本領です(深掘り07)。だから、ひと口目で香りが弱いと決めつけるのは早すぎます。もう少し待ってみてください。
職人の視点
消えたあと — 後味と、余韻
三つめのコマは、飲みこんだあとです。ここを見る人は、ぐっと少なくなります。けれど、もう一口食べたくなるかどうかは、たいていここで決まっています。
後味は、口の中に何が残るか。「澄む」「すっと引く」「膜が残る」。膜が残る感じは、脂肪が舌の表面を薄く覆うために起こります(第1章)。第1章でお話しした「濃いのに、重くない」の重くないのほうは、じつはこの後味の話でした。ここでようやく、それを自分で測れるようになります。
余韻は、味がどれだけ続くか。「短い」「ふつう」「尾を引く」。おもしろいのは、冷たいうちは控えめだった甘さが、溶けきったころに戻ってくることです。食べているあいだは強く感じないのに、食べ終わってから尾を引く——そう感じたら、それは甘さが余韻のほうに現れた合図です。
Approfondimento — 深掘り冷たさは、甘さの強さと持続を別々に鈍らせる↓ 降りていく
使ってみる — ひとつ選ぶだけ
七つ全部を採点しようとすると、疲れて続きません。おすすめは、もっと簡単な方法です。
それぞれのコマで、いちばん強かったものを一つだけ選ぶ。 三つ選べば、それで一杯を言い表せます。「角があって、すっとほどけて、澄んでいた」。たった三つでも、「おいしかった」よりずっと遠くまで届きます。
もうひとつ。二種盛りにして、比べるのがいちばんよく効きます。ひとつだけ食べて言葉を探すのは、案外むずかしいものです。けれど二つ並べば、違いは勝手に見つかります。第5章で見たクレマとソルベを一つずつ選べば、後味の差ははっきりわかるはずです。
そして、できれば誰かと食べてください。言葉は、使うと身につきます。「これ、尾を引くね」と言える相手がいると、味わいは一人のときより深くなります。
あなたの言葉のほうが正しい
最後に、もう一度お断りを。
これは基準ではありません。七つの言葉は、あなたが感じたことに名前をつけるための道具にすぎず、店を採点するための物差しではありません。シャリついた一杯にも、その日その店の事情があります。言葉は、断じるためではなく、気づくためにあります。
そして、この七つで足りないと感じたなら、それはあなたの舌が七つより細かいということです。遠慮なく、自分の言葉を使ってください。「和三盆みたいな甘さ」「雨上がりの匂い」——そういう言葉のほうが、ずっと遠くまで届くことがあります。
言葉を手に入れたら、あとは出かけるだけです。次の章では、ショーケースの前に立ったあなたが、食べる前に何を見ればいいのかをご案内します。
章末クイズ3問
-
ざらつきを言い分ける二つの言葉、「シャリつく」と「砂を噛む」。この二つについて、本書の説明に合うのはどれでしょう。
-
ひと口目で「香りが弱いな」と感じました。本書がすすめる受けとめ方はどれでしょう。
-
第1章の「濃いのに、重くない」。この「重くない」を自分の舌で確かめるなら、どのコマを見ればよいでしょう。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。