ジェラートの教科書 Il manuale del gelato
L3

Approfondimento — 章末入口

レオロジー入門 — 粘度・降伏値・口どけ

Introduzione alla reologia

「口どけ」「なめらかさ」「コシ」——味わいを語るこれらの言葉は、じつは物質の流れと変形の話である。それを測る学問がレオロジーだ。深掘りの締めくくりとして、これまでの全要素を口どけへと束ねる。

ここまでの深掘りは、ジェラートを構成する要素——氷(深掘り02・03)、脂肪と気泡(深掘り05・08)、未凍結相の粘性(深掘り04)——を一つずつ分解してきた。だが、口に入れたときに感じる「なめらかさ」「口どけ」「コシ」は、これらが一体となった流れと変形の総体である。それを扱う学問がレオロジーreologia)であり、本稿は深掘りの締めくくりとして、要素を一つの感覚へ束ね直す。

粘度 — 流れへの抵抗

もっとも基本の量が粘度である。粘度とは、流れにくさ——流れへの抵抗の大きさである。理想的な液体では、加えたずり応力は流れの速さ(ずり速度)に比例する。

Calcolo — 計算

τ = η γ̇
τ=ずり応力、γ̇=ずり速度、η=粘度

この抵抗の正体は、摩擦である。流れる液体を、薄い層が何枚も重なったものと考えるとよい。層どうしが互いに滑り合うとき、そこに摩擦が生じてエネルギーが熱に捨てられる。摩擦が大きいほど、捨てられるエネルギーは多く、粘度は高い。

ジェラートの未凍結相の粘度は、そこに溶けた糖と、水を抱えた安定剤(深掘り04)が決める。粘度が高いほどコシが出る。氷の再結晶化も遅れるが、その機構は粘度だけでは説明しきれない(深掘り03・深掘り04)。だが高すぎれば、重く、ゴムのような口あたりになる。上級編第4章が安定剤を「効かせすぎない」素材と呼んだのは、この粘度のさじ加減を指していた。

擬塑性 — 押せば、ゆるむ

ジェラートは、水のような単純な液体(ニュートン流体)ではない。静かにしていれば高い粘度で形を保つのに、強い力で押されるとゆるんで流れやすくなる。ずり速度を上げるほど見かけの粘度が下がるこの性質を、擬塑性pseudoplasticità、ずり流動化)という。食品の分散系がニュートン流体から外れるとき、その最も一般的な形がこれである。

擬塑性が生じる理由は、一つではない。せん断の場に置かれた粒子は配置を変える。球でない粒子——氷結晶、脂肪結晶、生体高分子——は流れの向きにそろい、そろえば抵抗は減る。凝集体(フロック)は引き伸ばされて壊れ、抱えていた液を吐き出して実効的な体積を減らす。粒子に結びついていた溶媒分子が引き剥がされることもある。ジェラートの未凍結相では、絡み合った安定剤の鎖がせん断でほどけることも、これに加わる(深掘り04)。いずれも、流れへの抵抗を減らす方向に働く。

この性質は、製造でも味わいでも役に立つ。仕込みでは、静置時に水を抱えながらmantecatoreのせん断下では流れる。口の中では、舌で押し広げるとゆるんで、なめらかに溶けていく。

興味深いのは、製造と実食とで、せん断の速さがほとんど同じ帯に収まることである。機械で撹拌かくはんする、そしてんで飲み込む——これらはいずれも、おおよそ毎秒10回から100回というずり速度の範囲に重なる。仕込みのときに機械の中でゆるんで流れたのと、同じ物理が、舌の上でもう一度起こる。押せばゆるむ——これが口どけの一つの側面である。

詰まり具合が、液体と固体を分ける

ここまでは「流れる」前提で話してきた。だが、ジェラートは流れない。ショーケースの中で、山の形のまま立っている。なぜ液体でありながら固体のようにふるまえるのか——答えは、中身がどれだけ詰まっているかにある。

分散している粒子の体積分率(φ)を少しずつ増やしていくと、系のふるまいは、なだらかにではなく段階的に変わる。粒子がまばらなうちは互いに影響し合わず、粘度は連続相のそれでほぼ決まる。濃くなれば粒子どうしがぶつかり合い、粘度は上がっていく——それでもまだ、流れる液体である。ところがある詰まり具合を超えると、事情が一変する。粒子は隣人に囲まれて「」に入り、その場で振動はできても、隣を追い越して動くことができなくなる。ここで系は、低い応力では固体としてふるまい、ある臨界の応力を超えて初めて流れ出すものに変わる。さらに詰めれば、粒子は動く自由を完全に失い、弾性固体になる。

この移り変わりは、身近な食品の上にそのまま並べられる。牛乳の脂肪球はおよそ0.04で、さらさらと流れる。生クリームは0.36ほどで、とろりと重い。マヨネーズは0.80に達し、もはや流れずに形を保つ。いずれも油が水に散った系でありながら、詰まり具合だけで、これだけ違う

この移り変わりは、粘度の式にもはっきり現れる。

Dougherty–Krieger

η / η1 = ( 1 − φ / φc )−[η]φc
η1=連続相の粘度、φ=分散相の体積分率、φc=最密充填に対応する充填パラメータ、[η]=固有粘度

φ が φc に近づくと括弧の中はゼロへ向かい、負のべき乗であるから、粘度は発散する長距離の相互作用をもたない球なら φc はおよそ0.6〜0.7、固有粘度[η]は2.5である。

ただし、この二つの数字はどちらも理想の系のもので、現実は両方から外れていく。しかも外れる向きが逆なので、二つ合わせて効く。

[η] は上がる。 粒子が球でなかったり、水を抱えて膨らんでいたり、凝集していれば、固有粘度ははるかに大きくなる。氷結晶も、水を抱えた安定剤も、凝集した脂肪球も、すべてこの「かさばる」側にいる。だから、量の割にずっと強く効く。

φc は下がる。 粒子のあいだに強い引力や斥力が働いていると、最密充填に対応する充填パラメータはかなり低くなりうる。0.6〜0.7という数字が成り立つのは、粒子が互いに遠くから引きも押しもしない場合に限られる。

そしてジェラートは、まさに引き合う粒子の系である。部分合一(深掘り05)は、脂肪球を意図的に凝集させる操作にほかならない。安定剤の網目も、粒子どうしを遠くから拘束する。引力の側から見るかぎり、ジェラートの φc は理想の球より低い

φc を上げる側にも、機構がある。 そのうちの二つを扱う。

一つは、粒子の大きさのばらつきである。大きさが揃っていないほど、小さな粒子は大きな粒子どうしの隙間へ入り込める。同じ体積分率でも詰めやすくなるので、φc は上がる。ジェラートは氷結晶も脂肪球も気泡も大きさが揃っておらず、しかも互いに桁の違う大きさで混じり合っている。もう一つは、粒子のやわらかさである。押しつぶされて形を変えられる粒子は、球のままでは不可能なほど高い体積分率まで詰め込める。ジェラートの気泡(深掘り08)は、まさにこの変形する粒子である。

では、差し引きでどちらへ動くのか。資料は、その答えを与えていない。引力で下がることも、ばらつきとやわらかさで上がることも、それぞれ別々に述べられているだけである。だから本稿も、ジェラートの φc がいくつだとは言わない。言えるのは一つ——0.6〜0.7 という教科書の数字を、そのまま当てにはできない、ということである。

ここまで来れば、ジェラートを凍らせるという行為の正体が見えてくる。冷やすとは、φ を押し上げていく操作にほかならない。水が氷に変わるたびに氷という粒子が増え、同時に残された未凍結相は減っていく(深掘り01)。そこへ凝集した脂肪球(深掘り05)と気泡(深掘り08)が加わる。ジェラートは、φc のきわどい側で作られている——だからこそ、わずかな温度の違いが硬さを大きく動かすのである。

粘度詰まり具合 φ → φc(最密充填) 相互作用のない球なら0.6〜0.7 (現実の系はこの数字どおりにならない) まばら=流れる ぶつかり合う=粘い液体 檻に入る=固体的 (降伏値をもつ) ジェラート
Fig. L3-10-1 詰まり具合(体積分率 φ)が、系のふるまいを決める。粒子がまばらなら流れる液体だが、最密充填に近づくと粘度は発散し、系は降伏値をもつ固体的なものへ移る。ジェラートは、この境目のきわどい側で作られている。

降伏値 — すくえる、ということ

最密充填を超えた分散系は、粘弾性体あるいは塑性体としてふるまい、弾性率・降伏値・塑性粘度といった量で記述される。ジェラートのレオロジーで決定的なのが、この降伏値sforzo di soglia)である。ジェラートは、小さな力では固体のように形を保ち、ある臨界の力(降伏値)を超えて初めて液体のように流れ出す

その中身は、網目である。塑性を示す食品は、液体のマトリクスの中に、粒子が結び合ってできた網目を抱えている。バターやマーガリンなら、油の中に張った微細な脂肪結晶の網目がそれにあたる。加えた力が小さいうちは、粒子どうしを結ぶ弱い結合は壊れず、材料はわずかに変形するだけだ。力が降伏値を超えると結合が壊れ、粒子は互いに滑りはじめて流れ出す。そして力を取り去れば、流れはただちに止まる

ショーケースの中でジェラートが山の形を保っていられるのは、重力が降伏値を超えないからだ。そしてスパチュラで押すと、その力が降伏値を超え、ジェラートは流れてすくい取られる。離せば止まり、その形のまま残る。上級編第4章で触れたすくいやすさspatolabilità)とは、この降伏値がちょうどよい高さにあることにほかならない。降伏値が高すぎれば硬くてすくえず、低すぎれば形が崩れてだれてしまう。

では、その高さは何で決まるのか。粒子を結びつけている引力の強さである。引力が強いほど網目は壊れにくく、降伏値は高くなる。そしてジェラートでその引力を作っているのは、部分合一(深掘り05)にほかならない。すくいやすさは、脂肪球をどれだけ凝集させたかに直結している——スパチュラの手ごたえは、乳化と撹拌の設計が形になったものである。

ジェラート用スパチュラのスポット挿絵。押すと降伏値を超えて流れる。

ただし、この「境目」は、教科書の図が描くほど鋭くない。理想的な塑性体(ビンガム塑性体)なら降伏値でぱたりと流動が始まるが、実在の材料では降伏点を明確に定義できないことが多い。応力を上げていくと、網目は一斉にではなく、ある幅をもった応力の範囲にわたって少しずつ壊れていく。降伏値とは多くの場合、鋭い一点ではなく、移り変わりの帯につけられた名である。職人が「ちょうどよい硬さ」を一つの数字で言い当てられないのには、こういう事情もある。

かける力流れる速さ → 降伏値 理想的な塑性体=ぱたりと流れ出す 実在の材料=なだらかに立ち上がる 形を保つ(固体的)=ショーケースで崩れない
Fig. L3-10-2 ジェラートの流動曲線(模式)。降伏値までは形を保ち、それを超えると流れ出す。さらにせん断が強まるほど粘度は下がる(擬塑性)。ただし理想的な塑性体と違い、実在の材料では降伏点は鋭い一点にならず、なだらかに立ち上がる。

粘弾性 — 蓄えるか、捨てるか

塑性体は、閾値いきちの下では弾性、上では粘性、という具合にふるまいを切り替える。だが食品の多くは、より正確には粘弾性体である——粘性と弾性を、同時に示す。

違いは、加えたエネルギーの行き先にある。理想的な弾性固体では、加えた力はすべて変形した結合にエネルギーとして蓄えられ、力を除けばそのまま返ってくる。理想的な液体では、加えた力はすべて摩擦で熱に変わって捨てられ、返ってこない。粘弾性体は、その両方をやる。一部を蓄え、一部を捨てる。だから力を加えてもすぐには変形しきらず、力を除いてもすぐには戻らない——ときには、変形したまま戻らない。

この二つの寄与は、別々に測ることができる。

Calcolo — 計算

E* = E′ + i E″
E′=貯蔵弾性率(蓄える側)、E″=損失弾性率(捨てる側)

「コシがある」「もったりしている」「歯切れがよい」——味わいを語るこれらの言葉は、突きつめれば、この蓄えると捨てるの配分を舌が読み取った結果である。

口どけは、すべての統合である

こうして、レオロジーは散らばっていた糸を一本に束ねる。口に入れた瞬間からのわずか数秒の間に、いくつもの物理が同時に進む。

体温がジェラートを温め、未凍結相の粘度が下がり、氷が溶けはじめる。降伏値を失ったジェラートは舌の上で流動に転じ、細かい氷結晶(深掘り02・03)はなめらかに、脂肪の網と微細な気泡(深掘り05・08)はクリーミーに感じられ、抱え込まれていた香りが温度上昇とともに開く(深掘り07)。「口どけ」とは、この一連の流動・融解・放出が、舌の上で調和して起こる現象の名である。

だから口どけの設計とは、これらすべての物理を、狙いの数秒に噛み合わせる作業にほかならない。氷を細かく、脂肪と気泡を適量に、粘度と降伏値をちょうどよく、香りを冷たさに負けないように——。ジェラート作りのあらゆる判断は、最後にこの一点、口の中の数秒へと集まってくる。

口どけ舌の上の数秒 氷結晶の細かさ(02・03) 脂肪と気泡(05・08) 未凍結相の粘度(04) 降伏値 温度と香り(07)
Fig. L3-10-3 口どけは、これまでの深掘りが扱ってきた要素の統合である。氷・脂肪と気泡・未凍結相の粘度・降伏値、そして温度が、舌の上の数秒で一つの感覚にまとまる。

数値は地図、口どけは目的地

レオロジーは、口どけを言葉と数字にする手段を与える。粘度、降伏値、粘弾性——かつては「なんとなくコシがある」としか言えなかった感覚が、測れる量になる。バランシング(上級編第5章)とは、突きつめれば、このレオロジーを狙いの値に合わせる設計であり、品質管理(上級編第12章)とは、それを日々ぶれさせない管理である。

だが、最後に一つだけ。レオロジーがどれだけ精密に口どけを記述できても、それが「おいしい」を保証するわけではない。測れる口どけは必要条件であって、十分条件ではない。数値は地図であり、目的地ではない。地図を手にした職人が、最後の一歩を舌で決める——本書のすべての章と深掘りは、その一歩を確かにするためにあった。

章末クイズ2問
  1. ジェラートはショーケースで山の形を保ち、スパチュラで押すと流れ、離すと止まる。この振る舞いの正体はどれか。

  2. 機械での撹拌と、口の中で噛んで飲み込む動き。レオロジーの上で、この二つはどう関係しているか。

選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。