第IV部 経営と品質
品質管理と衛生
Igiene e controllo della produzione
どれほど設計が優れていても、衛生が崩れればすべては無に帰す。しかも食品衛生の失敗は、売ってしまった後にしか気づけない——だから品質は「検査」するものではなく、工程のなかで「保証」するものである。
検査から、保証へ
かつての品質管理は、完成品の微生物検査が中心だった。だがこの方法には根本的な弱点がある。検査の結果が出るのは数日後、そのときジェラートはすでに売られ、食べられている。問題が見つかっても、もう手の打ちようがない。いわば「事後の解剖」であって、予防にはならない。
そこで発想が転換した。ただし、これは置き換えではなかった。転換は二本立てで起きている。
一つは、管理を工程の側へ移したこと。完成品だけを調べるのではなく、原料から提供までの全工程を管理し、危険が生まれる前に抑える。品質を最後に「検査」するのではなく、工程のなかで「保証」する。
もう一つは、完成品の検査そのものが格上げされたことである。捨てられたのではない。時折の品質チェックだったものが、組み立てた管理の仕組みがほんとうに働いているかを裏づける物差しになった。工程を管理していると言うだけでは足りず、その結果が製品に出ていることを確かめる——検査は予防の代わりではなく、予防が効いていることの証拠になったのである。
この二本立ての考え方が、現代の食品衛生の骨格であり、その代表的な仕組みがHACCPである。
HACCPという考え方
HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point、危害分析・重要管理点)は、1960年代のアメリカで、宇宙飛行士の食品の安全を保証するために生まれた手法である。宇宙空間で食中毒が起きれば致命的——だからこそ、完成後の検査ではなく、全工程での予防が求められた。
その骨格は、七つの原則として整理されている。まず、工程のどこにどんな危害(pericolo)が潜むかを洗い出す。次に、危害を許容できる水準まで抑えられる決め手を重要管理点として定める。そして三つめ——ここが要である——その各点に「限界値」を決める。あとは監視し、外れたときの手当てを決め、仕組みが働いているかを確かめ、記録に残す。
重要管理点は「工程」ではなく、工程の中の「一契機」である。 殺菌という工程まるごとではなく、その中の「何℃で何分保つか」という一点を押さえる。だから重要管理点は、必ず数字と対になる。
そして限界値のない重要管理点は、成り立たない。限界値とは、許容できるかできないかを分ける値である。これが決まっていなければ、監視しても「外れている」と判断できない。監視とは、限界値と照らし合わせることにほかならない。
危害の起こりやすさがリスクであり、リスクの高い点を重点的に押さえるのが要点である。
危害は大きく三つに分けられる。
| 種類 | 例 | 主な対策 |
|---|---|---|
| 物理的危害 | 異物(金属片・ガラス・毛髪など) | 混入経路の遮断・目視と器具管理 |
| 化学的危害 | 洗剤の残留・重金属・許容外の添加物 | 薬剤管理・原料の受入基準 |
| 生物的危害 | 病原微生物・毒素 | 殺菌・温度管理・衛生管理 |
危害の分類は食品衛生の一般的枠組み(HACCP)による。
これらに加えて、保存温度の不足のような「食品自体の状態」も危害になりうる。第7章で見たショーケースの温度管理は、おいしさの問題であると同時に、衛生上の重要管理点でもある。
なお、日本でも近年、原則としてすべての食品事業者にHACCPの考え方に沿った衛生管理が求められるようになっている。その具体的な法的枠組みは、第14章「日本の法規と表示」で扱う。
汚染は上流からやってくる
衛生管理の鉄則は、汚染された原料からは清潔な製品は作れないということである。ジェラートの微生物的な安全性は、工程の下流でいくら頑張っても、上流の原料が汚れていれば取り戻せない。原料の選択・保存・取り扱いが、すべての土台になる。
とりわけ乳と乳製品は、病原微生物にとって格好の培地である。牛乳・生クリームは冷蔵チェーンを絶やさず、速やかに使う。生クリームは脂肪球が浮上する際に菌を巻き込んで濃縮しやすく、粉乳も保存が悪ければ汚染される。第6章で見た殺菌は、この微生物を抑える決定的な工程だが、それとて限界がある——だから健全な原料と衛生管理が前提になる。
ここで指標になるのが総菌数である。総菌数は病原菌だけでなく雑菌も含むが、その値が高いこと自体が衛生状態の悪さを示し、病原菌が潜むリスクの高さを物語る。総菌数を低く保つことは、安全の間接的な保証になる。
現場を清潔に保つ
工程を管理する以前に、工房そのものが清潔でなければならない。日々の洗浄と消毒(sanificazione)、器具の扱い、そして人の衛生である。順序を間違えないでほしい——このうちもっとも重いのは、最後の一つである。
文献は、微生物が入ってくる道を四つに分けて数える。原料、器具と設備、環境と作業者、そして保存と販売である。本書はこのうち原料を土台として先に扱ったが、重みづけまで引き写さないでほしい。文献が「もっとも危険な微生物の源」と名指しするのは、原料でも器具でもなく——人である。だから手洗いが、工房の衛生の第一の規則に置かれる。
原料は「気づかぬうちに入ってくる入口」であり、人は「もっとも頻繁に汚染を持ち込む当事者」である。前者は選ぶことで対処し、後者は習慣で対処するほかない。工房に立つ人数が増えるほど、後者の比重は上がる。
そして、清潔さは掃除だけで作るものではない。工房をどう組み、どの順で作業し、どこで手を洗うか——その設計そのものが衛生管理の一部である。施設の基準と動線は、第17章「工房の動線」で扱う。
- 卵は割る場所を分ける。 殻の外側は汚染源であり、割卵と製品の作業場を分ける。専用の場所が取れないなら、他の作業をいっさい行わない時間帯に限って共用してよい。作業後は手を消毒する(第10章・第17章)
- 粉末原料は冷暗・乾燥した場所で保管し、乾いた器具で扱う(乾いた器具が要るのは、粉をすくうこの場面である)
- 使いかけの器具は、乾かすのではなく水を動かす。 泡立て器・スパチュラ・ディッシャーは、流水中か消毒剤を加えた水の中に置いておく。避けるべきは濡れていることではなく、水が淀むことである。汚れた水を張ったシンクに器具を置いてはならず、洗い水は絶えず入れ替える
- 水だけでは洗えない。 手も、スポンジも、作業着も、器具も、洗剤なしでは汚れが落ちない——水は汚れを浮かせる前に、表面を濡らすことさえうまくできない
- 冷蔵・冷凍庫の温度を記録し、詰め込みすぎない——温度管理は衛生管理そのものである(第7章)
職人の視点
汚染は、下流でも入る
四つめの経路——保存と販売——には、独立した節を割く価値がある。ここで起きるのは、上流から持ち込まれた汚染が生き延びることではなく、新しく汚染が入ることである。文献はこれを再汚染と呼ぶ。
出発点は、身構えを変える一文である。低温は、菌を殺さない。 冷たさは増殖を遅らせるだけで、殺菌ではない。0℃近くを好む菌さえいる。冷凍された製品の中では生物活動はほぼ止まるが、それは「安全になった」ことを意味しない。
ミックスの段階では、この「遅らせるだけ」がそのまま危険になる。文献が挙げる数字が生々しい——20℃のミックスは、5リットルなら数時間で+2℃に届くが、50リットルでは24時間かかる。その24時間、ミックスは菌がもっとも増えやすい温度帯に置かれている。第6章で「冷蔵庫で冷やすな、急速に冷やせ」と述べたのは、この一点のためである。
そして販売の瞬間が、再汚染のもっとも起きやすい場面である。
- ディッシャーを、淀んだ水に置かない。 使ったらすぐ流水の容器へ戻す。ジェラートの残りで濁った水に浸けたままにすると、そこは菌の培地になる——微生物の検査をすれば、大腸菌群を含む膨大な数が出る
- スパチュラをジェラートに差したままにするなら、柄の長いものを選ぶ。 柄が製品に触れない長さが要る
- 金銭を触った手で、器具に触れない。 ディッシャー、スパチュラ、カップ、そしてとりわけコーンやウエハース——手が直接触れて、そのまま口に入るものが危ない
- 保存庫の扉を、開けっ放しにしない。 空気を通して汚染が入る
- 運ぶときは、洗って消毒した容器に入れ、詰めたら必ず覆う。 工程のすべてに手を尽くしたあとで、運搬中に汚染されるのでは割に合わない
上流をどれだけ整えても、下流で入るものは防げない。 だから「汚染は上流からやってくる」は、半分だけ正しい。
記録が安全を証明する
自主管理の要は、記録である。殺菌の温度と時間、冷蔵庫の温度、原料のロットと受入日、清掃の実施——これらを日々記録して初めて、「安全に作った」ことを証明できる。第10章で触れたトレーサビリティは、味の再現のためだけでなく、まさにこの安全の証明のためにある。
品質管理とは、特別な検査の日を設けることではない。毎日の工程を、決めたとおりに、記録しながら回すこと——その地道な反復が、事故を「起こさない」工房をつくる。
次の第13章では、それでも現れてしまう品質のほころび——ジェラートの欠陥——を、症状から原因へとたどる診断の技術を扱う。
章末クイズ2問
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冷凍庫の中のジェラートに紛れ込んだ菌は、保存のあいだにどうなるか。
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文献が「もっとも危険な微生物の源」と名指しするのはどれか。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。