ジェラートの教科書 Il manuale del gelato
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第III部 応用と開発

フレーバー開発の方法論

Lo sviluppo dei gusti

新しい味は、ひらめきだけでは商品にならない。再現でき、説明でき、展開できてはじめて「開発」である。本章では、個別のレシピではなく、フレーバーを生み出すための考え方と手順——方法論を扱う。

フレーバーは設計できる

おいしい組み合わせを一度きりの偶然で終わらせないために、フレーバー開発は方法として持っておきたい。その土台は三つある。素材が何を持ち込むかの理解(第III部)、配合の型(第I部)、そして官能の記録である。この三つがそろうと、思いつきは再現可能な設計になる。

逆にいえば、風味のアイデアだけが先行して配合の型を無視すると、味は良くても凍らない・固すぎる・数日でザラつく、といった破綻を招く。フレーバー開発は、これまでの全章の上に立つ応用である。

組み合わせの三つの型

素材どうしの組み合わせ方には、大きく三つの型がある。

古典的調和 経験知の定番。 失敗が少なく 土台になる 香気の共有 共通の香り成分を 持つ素材は 橋渡ししやすい 対比 甘×塩、濃厚×酸 など質の差で 互いを引き立てる
Fig. 11-1 組み合わせの三つの型。経験の蓄積、香りの重なり、質の対比——アプローチは違っても、狙いは「まとまりと意外性の両立」である。

古典的調和は、長い経験のなかで定着した定番の組み合わせである。チョコレートとヘーゼルナッツ、バニラと苺のように、失敗が少なく、開発の出発点や土台として頼りになる。

香気の共有は、キー・アロマを適切な濃度で共有している素材どうしは組み合わせがうまくいく、という仮説にもとづく。素材の香りをアロマ分析で分子レベルに分解し、どこに橋を架けられるかを探すこの考え方は、フードペアリング理論として体系化されてきた。経験則では結びつかない意外な取り合わせを、理詰めで探すのに向く。

ただし「適切な濃度で」を落とさないでほしい。仮説はもともとこの条件を含んでいる。分析で検出される揮発性の化合物は膨大でも、実際に風味へ関与するのはそのごく一部であり、しかも感じ取れる濃度に達していなければ意味がない。共有する分子の数が多いほどよい、という理論ではない。理論を実践に持ち込んだ料理人自身が、多くの成分を共有していても相性は保証されないと述べている——出発点としてはすばらしいが、そこから先は試して味わうしかない。この含意は深掘り11で扱う。

対比は、甘さと塩味、濃厚さと酸味、あるいは温度差など、質の異なる要素をぶつけて互いを引き立てる方法である。塩とキャラメルの関係が、その典型といえる。

海塩のフレークのスポット挿絵。薄片状に結晶した塩。

どの型を採るにせよ、狙いは共通している——まとまりと意外性の両立である。まとまりすぎれば平凡になり、意外性が勝ちすぎれば散らかる。その均衡を探るのが開発の要点になる。香気の共有にもとづく具体的な素材の相性については、『フードペアリング大全』のような専門書が体系的にまとめており、着想の引き出しを広げてくれる。

Approfondimento — 深掘りペアリング理論を、低温と乳脂肪に翻訳する↓ 降りていく

Approfondimento — 深掘りペアリング探索ツール — 素材を選んで、共有する分子を確かめる↓ 降りていく

冷たさという制約

ジェラート特有の、そして最大の制約が温度である。−14℃前後で食べる氷菓では、冷たさが香りの揮発をおさえ、甘味の知覚を鈍らせる(第7章)。常温の菓子でちょうど良い風味は、冷えた状態では物足りなくなる。

したがってフレーバーは、常温で味見したときよりやや強めに設計する。第10章でナッツの焙煎ばいせんを強めにし、アルコールで香りを立てたのと同じ理屈である。開発の途中では、必ず提供温度まで凍らせた状態で最終判断を下す。溶けかけの温まった一口で決めてはならない。

Tab. 11-1 ジェラートで風味が弱く出る要因と対策
要因なぜ弱まるか対策
低い提供温度香りの揮発と甘味の知覚が鈍る風味を強めに設計する
空気(オーバーラン)味が薄まって感じられる空気量を含めて味を決める
脂肪によるマスキング脂肪が香りを包み穏やかにする脂肪量と風味の強さを合わせて調整

冷たさ・空気・脂肪が風味知覚に与える影響は一般的な官能の知見による。

開発はループで回す

フレーバー開発は、一度で完成させようとせず、小さく回して近づける。

Processo

① 着想——季節の素材や三つの型から出発する
② 試作——少量ロットで、変えるのは一度に一つだけ
③ 評価——提供温度まで凍らせ、複数人の舌で確かめる
④ 記録——配合とともに風味の印象を言葉と数値で残す
⑤ 再バランス——第I部の型に戻して配合を整え、①へ

肝心なのは、一度に一つの変数だけを動かすことである。糖も果実量も安定剤も同時に変えれば、良くなっても悪くなっても原因がわからない。開発とは、変数を一つずつ切り分けて因果を確かめる作業にほかならない。

季節と土地から出発する

もっとも確実な着想の源は、旬の素材である。最盛期の果実は香りと糖がのり、少ない手数で魅力が立つ。同じ果実でも熟度で最適解が動くことは第9章で見たとおりで、フレーバー開発は毎年・毎ロットの微調整を含む営みである。土地の素材、季節の巡り——ジェラテリアの個性は、この出発点の選び方に宿る。

言葉と数値に翻訳する

最後に、そしてもっとも見落とされがちなのが、官能の言語化である。「おいしい」で終わらせず、甘さ・酸味・香りの強さ・余韻の長さ・口どけを、言葉と数値に翻訳して記録する。第5章のバランシング表に風味のメモを添えれば、配合と味覚が一枚でつながる。

職人の視点

名人の舌は、しばしば言葉にされないまま失われる。だが「レモンの皮の苦みをもう少し」「余韻を半分の長さに」と言語化できれば、その感覚は引き継げる資産になる。フレーバー開発の到達点は、天才の勘を、凡人でも再現できる手順に翻訳することである。

ここまでの第III部で、ソルベの設計、特殊素材の扱い、フレーバー開発の方法がそろった。次の第IV部では、こうして開発したジェラートを商品として成り立たせる——品質管理、欠陥の診断、法規と表示、原価と価格——経営の視点に移る。

参考文献:『香りで料理を科学する フードペアリング大全』ピーター・クックワイト、ベルナール・ラウース、ヨハン・ランゲンビック 著、石川伸一 監修(グラフィック社、2021。原著 The Art & Science of Foodpairing, 2020)

章末クイズ3問
  1. フードペアリング理論(香気の共有)について、本書の理解に合うのはどれか。

  2. 新しいフレーバーの味の最終判断は、どの状態で下すか。

  3. 試作で糖と果実量と安定剤を同時に調整したら、前回よりはっきり良くなった。本書の見方では、何が問題か。

選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。