Approfondimento — 文中入口
ペアリングの設計 — 香りで素材をつなぐ
Il design degli abbinamenti
香気分子の共有度で素材をつなぐ理論を、低温・乳脂肪存在下というジェラート固有の条件へ翻訳する。深掘り07(科学)と対をなす、技巧の深掘りである。
上級編第11章では、フレーバー開発の出発点として「キー・アロマの共有」という考え方に触れた。本稿はその一般理論を整理したうえで、それがジェラートではそのまま通用しないことを示し、低温と乳脂肪という固有条件への翻訳を試みる。これは物理化学(深掘り07)ではなく、設計の技巧に属する問いである。
キー・アロマ共有仮説
食材の香りは、多数の香気分子(揮発性の化合物)の混合として立ち上がる。それぞれの食材には、その香りを特徴づける少数のキー・アロマがある。フードペアリングの理論は、次のように述べる——キー・アロマを適切な濃度で共有している食材どうしは、組み合わせがうまくいく。共有された分子が両者をつなぐ「橋」として働くからである。
古くから経験的に知られた相性の多くは、この観点で説明できる。ある果実と花、ある焙煎素材と別の焙煎素材が合うのは、しばしば両者が共通の香気分子を持つためである。理論の価値は、この「なぜ合うのか」を分子のレベルで見通せる点にある。
ただし、定式の言葉は正確に受け取っておきたい。理論が言うのは「キー・アロマを、適切な濃度で」である。共有する分子の数が多いほどよい、とは言っていない。
この違いは小さくない。この理論を実際の厨房に持ち込んだ料理人自身が、多くの成分を共有していても相性のよさは保証されないと明言している。一つの食材の分子プロファイルはそれ自体きわめて複雑で、数を数えれば答えが出るようなものではない。彼の見立てでは、フードペアリングは出発点としてはすばらしい道具だが、そこから先は自分で探し、試し、味わい続けるしかない。
理由は知覚の側にもある。混ざった香りの知覚は、成分ひとつひとつの足し算ではない。四つ以上の成分が混ざると個々の成分は個性を失い、どの単独成分からも生じない新しい香気の性質が立ち上がる。神経生理の実験でも、混合物に反応するのに構成成分の単独には反応しない細胞が確かめられている。イチゴを分析しても「イチゴの匂いがする分子」は見つからない——果実のエステル、ココナッツのようなラクトン、カラメル、青葉、チーズの気配。それらの組み合わせが「イチゴ」になる。
だから本稿は、共有を橋として扱う。橋は渡るための足場であって、渡った先に何があるかは保証しない。理論が教えるのは、どこに橋を架けられるかであって、渡る価値があるかではない。
ただし、ここで立ち止まらねばならない。この理論は、常温の料理や飲料を主な対象に組み立てられている。ジェラートは冷たく、多くは脂肪を含む。この二つの条件が、橋の効き方を根本から変える。
だが、ジェラートは冷たい
香りが感じられるには、香気分子が食材から揮発して鼻に届かねばならない。ところが深掘り07で見たように、温度が低いほど揮発は抑えられる。提供温度が−14℃前後のジェラートでは、常温なら立つはずの香りの多くが、頭上の空間(ヘッドスペース)へ出てこない。
これは、キー・アロマ共有仮説に一つの条件を課す。橋になる香気分子が、低温でもなお揮発するものでなければ、橋は架からない。常温で二素材をつなぐ分子が、揮発性の低いものであれば、冷たいジェラートの中では眠ったままになる。したがってジェラートのペアリングでは、単に「共有分子が多い」だけでなく、その共有分子が低温域でも働くかを問わねばならない。揮発しやすく、低い閾値で感じられる香気ほど、冷たさの中で頼りになる。
そして、乳脂肪がある
もう一つの固有条件が、乳脂肪である。ただしその効き方は、「脂肪が香りを抑える」の一言で片づくほど単純ではない。脂肪が抑えるのは、脂に溶ける香りだけなのである。
香気分子が脂と水のどちらを好むかは、油水分配係数 KOW で表される(深掘り07)。1より大きければ脂を好む疎水性、小さければ水を好む極性である。そして両者は、脂肪に対してまるで違うふるまいを見せる。
- 疎水性の香気は、脂肪が増えるほど気相へ出てこなくなる。脂肪球という隠れ家に吸い込まれるからだ。分子が疎水的であるほどこの効きは鋭く、KOW が桁違いに大きい香気なら、わずかな脂肪の増加だけで大きく落ちる。
- 極性の香気は、脂肪が増えてもほとんど変わらない。水相に居続けるからであり、その香りは水相の濃度でほぼ決まる。
つまり乳脂肪は、香りを一律に弱めるフィルターではない。脂に溶ける香りだけを選んで隠す、選択的なフィルターである。だから脂肪を加えるとは、香りの強さを下げる操作であると同時に、香りの構成を組み替える操作でもある。同じ素材でも、脂肪の多いcremaに入れるか、脂肪のないsorbettoに入れるかで、何が主役に立つかが変わってしまう。
では、脂肪に抱えられた香気が「ゆっくり放出されて余韻を長くする」という、よく語られる説明はどうか。これは条件を選ぶ。脂肪球から香気が抜け出るのにかかる時間は、球の半径の二乗と KOW に比例して伸びる。裏返せば、均質化された細かい脂肪球では、疎水性の高い分子であっても脱出は数秒かそれ以下で終わってしまい、香りの出方を決める律速にはならない。徐放が本当に効いてくるのは、脂肪球が大きいか、KOW が極端に高いか、あるいは脂肪相そのものが粘くて分子が動けないときである。「脂肪は香りを抱えて長引かせる」は、無条件の真理ではない。
クレマかソルベか、で相性は変わる
この二つの条件を重ねると、重要な帰結が導かれる。同じ素材の組み合わせでも、クレマとソルベでは成立の仕方が異なる。
水ベースのソルベでは、香気分子に隠れる先がない。脂肪球という隠れ家がないので、疎水性の香気は水に居場所を失う。水は疎水性の分子を嫌うから、それらは液の中に留まれず、気相へ押し出される——つまり脂肪ゼロのソルベは、疎水性の香気がもっとも立つ極限である。深掘り07で見た「脂肪を減らすほど疎水性の香りは強く香る」を、いちばん端まで進めた状態にあたる。逆に極性の香気は水と親和して液の中に留まりたがる。この向きを取り違えると、あとの設計がすべて逆になる。
それでも実際のソルベで柑橘やハーブが主役に立つのは、別の軸が効いているからである。揮発性——分子が気体になりやすいかどうか、である。柑橘やハーブの主要な香気は分子が軽く、香水でいえば真っ先に立ち上がるヘッドノートにあたる。バニラのような重い分子は、逆に最後まで残るベースノートの側にいる。極性と揮発性は別の軸である。ソルベで軽い香りが前に出るのは、極性だからではなく、軽いからだ。
そして水相には、脂肪という緩衝がない。橋になる分子は素直につながり、酸味とも直接に響き合う(酸の設計は上級編第9章)。隠す場所がないということは、良くも悪くも、すべてが出るということである。
脂肪を含むクレマでは、香りの地図そのものが書き換わる。焙煎した素材、ナッツ、カカオ、バニラ——脂に親和するこれらの香気は、乳脂肪に吸い込まれて気相へ出にくくなる。ここに、設計者を待ち構える皮肉がある。クレマで主役に据えたい香りほど、クレマの脂肪に隠される。一方、極性の明るい香りは脂肪の影響をほとんど受けず、そのまま立つ。
この皮肉には、続きがある。ペアリングの理論書は、似た香りを持つ素材をあえて揃える手法に名前を与えている。チョコレート、カラメル、コーヒーのように、焙煎・カラメル・ナッツの系統を共有する素材を重ねる——対照の強い要素をぶつけるより、こちらのほうが繊細な複雑さが出る、という考え方である。ところが並べてみればわかるとおり、その系統は、そっくりそのまま脂に親和する香気の群れである。つまりこの手法は、クレマでこそ使いたくなり、クレマでこそ効きにくい。手法が悪いのではない。沈むことを前提に、沈む分を見込んで組む必要がある、というだけである。
結果として、何もしなければクレマの香りは勝手に極性側へ寄る。疎水性の香気だけが沈み、極性の香気は動かないのだから、両者の比は放っておいても崩れていく。だからクレマの設計とは、脂肪と親和する香気を主役に選んだうえで、その主役にだけ上乗せして仕込む作業になる。全体を一律に強めるのではない——沈む香りにだけ、沈む分を足すのである。上級編第11章で「常温で味見したときよりやや強めに」設計せよと述べたのは、低温の抑制への対処だが、クレマではそこにもう一段、脂肪による選択的な抑制への対処が重なる。
設計の指針
以上を、実務の指針にまとめる。
- 橋を、低温と脂肪で選別する。共有する香気分子が多いだけでなく、それが提供温度で揮発するか、そして脂を好むか水を好むかを問う。橋の太さではなく、橋が架かる条件を見る。
- ベースを決めてから、相性を考える。同じ二素材でも、ソルベなら極性の明るい橋がそのまま使え、クレマでは脂に親和する橋が弱められる。ベースの選択が、使える橋を決める。
- 量は、沈む香りにだけ足す。低温の抑制はすべての香気にかかるが、脂肪の抑制は疎水性の香気にしかかからない。クレマで一律に強めれば、極性の香りだけが過剰になる。
- 共有だけが道ではない。香気を共有してつなぐ「調和」に対し、あえて対照的な香りを衝突させる「対比」もある。共有仮説は出発点であって、終着点ではない。
香気分子の共有という一般理論は、ジェラートにおいては低温と乳脂肪という二つのフィルターを通してはじめて使える。この翻訳を経た相性の設計が、実際の一杯にどう落ちるのか——その思考の全行程は、深掘り12「一杯の設計図」でケーススタディとしてたどる。
章末クイズ1問
-
脂肪ゼロのソルベの中で、疎水性の香気はどうふるまうか。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。