第III部 応用と開発
ソルベの設計
Il sorbetto
乳を使わず、水と糖と果実だけで組み立てる氷菓——それがソルベである。脂肪も乳固形分もない分、設計の自由度は狭く、ごまかしがきかない。ここまでの理論が、もっとも純粋な形で問われる。
乳のない氷菓
ソルベ(sorbetto)は、現代のジェラートの原型ともいえる古い氷菓である。基本の組成は水・糖・果実(果汁または果肉)のみ。乳を使わないため、固形分は基本的に糖だけで構成される。
これは設計上、大きな意味を持つ。第3章で見た脂肪や乳固形分——コルポを与え、骨格をつくり、口どけを助ける成分——が、ソルベには存在しない。第1章で示した四つの相のうち、脂肪球を欠いた構造を、糖と安定剤と空気だけで成立させなければならない。だからこそ糖の設計がすべてを決める。ソルベは、第2章の糖の理論がもっとも純粋な形で問われる氷菓である。
なお、同じ氷菓でもgranita(グラニータ)は別物である。撹拌をほとんどせず粗い氷の粒を残したもので、糖は溶液で17〜21°Brix程度と低い。なめらかに凍らせるソルベとは、目指す組織が異なる。
屈折計で果実の糖を測る
ソルベの設計は「糖を正確に測る」ことに尽きる。ところが果実の糖度は、種類・産地・熟度によって大きく変動する。同じ苺でも、旬の完熟と早採りとでは持ち込む糖の量が違う。目分量では設計にならない。

果実を配合に入れるとは、こういうものを一つの数字に還元することである。果肉があり、核があり、皮があり、熟度で中身が動く。屈折計が読むのは、そのうちの糖だけだ。

そこで欠かせないのが屈折計(rifrattometro)である。溶液の可溶性固形分をBrix度(=おおよその糖の重量%)として即座に読み取れる。比重計(ボーメ計)が正確さを欠くのは、ミックスに分子量の違う糖が混ざっているためであり、安定剤が入ればなおのことである。だから糖の内訳を組み立てるソルベやジェラートでは、屈折計が標準になる。ただしボーメ計が無効というわけではない——糖がほぼスクロースだけで済むグラニータのミックスなら、文献はいまでも十分に使えるとしている。果実の糖をBrixで測り、ベースシロップの糖と合算して、狙いの総糖量に合わせる——これがソルベ設計の基本動作である。
実務では、安定剤を溶かしたベースシロップをあらかじめ作り置きする方法が一般的である。よく使われるのは55°Brix(糖55%)のシロップで、殺菌して冷蔵密閉し、安定剤を含むため5〜6日で使い切る。
目標のレンジ
ソルベの糖量は、種類によっておよそ次の範囲に収める。糖がほぼ唯一の固形分だから、この値がほぼそのまま総固形分になる。
| 種類 | 糖量(総糖) | 備考 |
|---|---|---|
| 果実のソルベ(酸味・甘味とも) | 27〜33°Brix | 果実の糖を含めた合計。日本ではやや低めが好まれる |
| ワイン・スプマンテのソルベ | 26〜28°Brix | アルコールが氷点を下げるため低め |
| 果実のソルベにアルコールを少量 | 22〜25°Brix | 文献の作例はこの帯。純アルコール換算で3%を超えない |
| 安定剤 | 0.2〜0.3% | 果実系向けのブレンド |
安定剤量とワイン系の糖量は専門文献で照合。果実ソルベの糖は日本の嗜好に合わせ下限を広げている。果実の使用比率は品質目標により大きく変わるため範囲を示さない。
この27〜33を、第5章の表と並べて読んでおきたい。第5章は、ソルベ系の総固形分をおおむね28〜32%の帯としていた。糖がほぼ唯一の固形分であるソルベでは、総糖のBrixと総固形分は、同じものを二つの物差しで測った値である。だから二つの帯は重なるはずだが、端がずれている——そしてそれは、矛盾ではない。まず上端。糖を33まで積めば、総固形分は帯の上を越える。だが第5章で糖の内訳の三つの上限が同時に使えなかったように、枠の端は、同時に取りにいく値ではない。外れたときに効いてくるのは、総固形分の側の帰結である——下回れば硬く冷たく、上回れば柔らかく粉っぽくなる(第5章)。次に下端。本章の27がその帯を下回るのは、日本向けの拡張が、対で設計されているからである。糖を控えれば、同じ温度でより多くの水が凍る。だから日本の実務は、提供温度も温かい側に置く(第8章)。帯の下へ出る分は、提供の側が受けている。
アルコールを含むソルベで糖を低めにするのは、アルコール自体が強い氷点降下力を持つためである。糖とアルコールの氷点降下が重なると締まらなくなるので、糖の側を控える。第2章のPACの考え方が、ここでも効いている。
ここで一つ、区別しておきたいことがある。「アルコールのソルベ」は、一つの類ではない。
ワインやスプマンテのソルベは、それ自体が成り立つ。食事の途中に出しても喜ばれる、軽くて涼しい一皿である。ところがリキュールだけで組むソルベは、文献が正面から否定している——水と糖とアルコールだけを釣り合わせようとするのは、円を四角にしようとするようなものだ、と。かつてフランスで流行った形だが、今日それが戻ってこないのには理由がある、という見立てである。
ではリキュールをどう使うのか。果実のソルベに、少量を添えるのである。この使い方なら、香りは立ち、味は膨らむ。実務の要点は三つある。
- 加えるのはマンテカツィオーネの最後。先に入れれば、その分だけ凍りが遠のく
- 量は純アルコール換算で3%を超えない。これを超えると、氷点降下が構造の側の負担になる
- 合わせる相手は果実の側から選ぶ。酸のある果実にはきりりとした蒸留酒、香りの豊かな果実には香りで応える酒——組み立て方そのものは深掘り11で扱う
Approfondimento — 深掘りペアリングの設計 — 香りで素材をつなぐ↓ 降りていく
糖の選び方 — ソルベならではの勘所
ソルベでは、乳系のジェラートとは糖の使い分けが少し変わる。
- 甘さを抑えたいときはグルコースシロップを使う。目安は固形分換算で総糖の15%までである
- デキストロースや転化糖は、ショーケースに並べる果実のソルベでは避ける。 これらは氷点降下力が強すぎ、ただでさえ果実が単糖(果糖)を持ち込むソルベでは、氷点が下がりすぎて保存・販売温度をさらに下げねばならなくなる
この二つを「目安」と書いたのには、理由がある。文献はこの二つを勧めながら、同じ章の後半に載せた自分の作例では、どちらも守っていない。アルコール入りの低糖のソルベでは、デキストロースや転化糖を平然と使い、グルコースシロップも15%を超えている。矛盾ではなく、狙いが違うのである——それらの作例は「きわめて崩れやすい」と自ら注記された、その場で食べきる一皿だからだ。硬さを保って売り場に並べる必要がないなら、氷点を下げる糖を恐れる理由もない。
禁則は、目的に紐づいている。 ショーケースで形を保つことを求めるなら上の二つは効く。求めないなら、外していい。どちらの側にいるのかを、先に決めるべきである。
ここでの15%は、水を除いた固形分どうしの比である。第2章の表が「袋から出して秤に載せた材料そのもの1gあたり」を基準に組んでいるのとは、分母の取り方が違う。粉飴(固形分ほぼ100%)ならほぼ一致するが、水飴(同およそ80%)では一致しない——秤の上で15%に合わせても、この上限を計ったことにはならない。なお第5章が示す「スクロースの最大20%まで」は乳系も含めた一般の目安であり、ソルベではこちらの15%が先に効く。
第5章で「果実は果糖を持ち込むので単糖の入れすぎに注意」と述べたが、ソルベはまさにその制約が最前面に出る氷菓である。果実由来の糖をBrixで把握したうえで、足す糖の種類まで含めて設計する。
酸は最後に、味で決める
果実のソルベ、とりわけ酸味系では、酸味料(レモン果汁やクエン酸など)で味を締める。ここに二つの鉄則がある。
第一に、加える量は数値で決められない。 果実ごとにpHが異なり、目標の酸味も官能的な判断だからである。第二に、そして最も重要なのは、酸は必ず最後、マンテカツィオーネの直前に加えることである。早い段階で酸を入れるとミックスが不安定化する——第3章で見たカゼインの酸凝固、第4章で見た酸に弱い安定剤を思い出せば、その理由は明らかである。乳は使わなくとも、pHの制約はソルベにも及ぶ。
脆さゆえに、作りたてを
ソルベの構造は、脂肪や乳固形分の裏打ちがない分、脆い。長期保存には向かず、工業的に量産されないのもこのためである。飲食店で数時間内、長くても翌日までに提供されてこそ、その真価——軽く、みずみずしく、渇きを癒す味わい——が生きる。
職人の視点
次の第10章では、チョコレートやナッツ、アルコールといった、扱いに固有の癖を持つ特殊素材の設計を扱う。
章末クイズ2問
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香り高いリキュールを主役にしたソルベを頼まれた。本書に従えば、どう組むか。
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果実のソルベで、レモン果汁やクエン酸を必ずマンテカツィオーネの直前に加えるのはなぜか。本書が挙げる理由はどれか。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。