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ペアリング探索ツール
Il ponte degli aromi
素材を選ぶと、同じ香りの分子を共有する素材が出てくる。「なぜ合うのか」を、化合物の名前まで下りて確かめられる道具である——上級編第11章の方法論を、ジェラートの素材で実際に動かす。
このツールが言えること、言えないこと
言えるのは、「この二つは、この分子を共有している」という事実だけである。ここに出てくる組み合わせは、どれも公開された査読論文で「両方にこの分子がある」と確かめたものである。分子の名前も一緒に出す——疑わしければ、その名前で論文を引ける。
言えないのは、相性の保証である。同じ分子を共有していても、おいしくなるとはかぎらない。だからこのツールは相性を採点しない。橋がかかっていることと、その橋が何でできているかを示すだけである。渡るかどうかを決めるのは、あなたの舌である。
素材を選ぶ
いま23素材。裏づけの取れたものから順に増やしている。最後の一つ——塩——だけは、香りを持たない(後述)。
上から素材を一つ選ぶと、共有する香りの分子が出る。
共有していれば合う、ではない
このツールを作るとき、いちばん時間を使ったのは載せない分子を決めることだった。
22の素材から、査読論文で裏の取れた分子が161集まった。そのうち2素材以上が共有しているものが49。ところが、そこから13を捨てている。捨てた理由は単純で、共有していても「合う理由」にならないからである。
いちばんわかりやすいのがリナロール——柑橘と花を思わせる、それ自体は感じのいい分子である。ところがこれ、22素材のうち12にあった。いちごにも、りんごにも、ゆずにも、抹茶にも、カカオにも、ヘーゼルナッツにもある。これを橋として認めたら、ほとんど何と何でもつながってしまう。どこにでもある分子は、何も説明しない——「この二つは、どちらも水を含んでいる」と言うのと変わらない。
もう一つは青葉の香り((Z)-3-ヘキセナール)。刈りたての草のような、みずみずしい香りで、これも11素材にあった。植物なら、たいてい持っている。同じ理由で橋にはならない。
そして感じのよくない分子。この22素材は、脂の酸化でできる紙のような匂いの分子も、茹でたジャガイモの分子も、硫黄の分子も共有している。それは事実だが、合わせる理由にはならない。
この「捨てる」作業に、ペアリングの本質がある。分子の共有は、相性の必要条件かもしれないが、十分条件ではない。ペアリングを世に広めた料理人自身が、共有の多さは相性を保証しないと繰り返し釘を刺している。ここに出てくる橋も、渡れる可能性がある、というだけのものである。
三つの骨格
残った分子を眺めると、22の素材を大きく貫くものが三つあった。
一つめ。焙煎が架ける橋。コーヒーの「コーヒーらしさ」を担う分子は、そのほとんどが焙煎で生まれる。生の豆には無いのだ。ヘーゼルナッツもカカオも同じで、香ばしさの正体であるピラジンメイラード反応で生まれる、窒素を含む環状の化合物。焙煎香・ナッツ様の香りを担う。類は加熱で初めて現れる。つまりこれらが合うのは、似た素材だからではなく、同じメイラード反応アミノ酸と糖が加熱で反応し、褐色の色素と香気成分を生む反応。焼き色と香ばしさの正体。が、それぞれの中で走っているからである。橋を架けているのは、素材ではない。処理である。
この見方には、日本の素材にとって大きな含みがある。ほうじ茶・黒ごま・きなこは、すべて「焙煎したもの」である。実際、ほうじ茶らしさを決める分子は、カカオ・コーヒー・ピスタチオが持っているものと同じ分子だった。黒ごまは、コーヒーとヘーゼルナッツをつなぐあの硫黄の分子まで共有している。和素材は、焙煎という一点でイタリアの一族に地続きである。ほうじ茶とジャンドゥーヤ、黒ごまとカカオ——これらは異国の取り合わせではなく、同じ化学の上にある。

この一本の木から、抹茶もほうじ茶も生まれる。植物としては、まったく同じものである。違うのは、摘んだあとに火を入れるかどうか——それだけ。ほうじ茶がカカオやコーヒーと分子を共有し、抹茶が共有しないのは、別の植物だからではなく、別の処理を受けたからである。橋を架けているのは素材ではない、というのは、こういうことである。
二つめ。果実と火をつなぐ分子。フラネオールカラメル様の甘い焦げの香りを持つ分子。加熱食品にも、いちごなどの果実にも存在する。という分子がある。単体で嗅ぐとカラメルの匂いそのもの。ところがこれはいちごの香りを決める分子でもあるのだ。9つの素材が共有していた——いちご、ラズベリー、キャラメル、そして焙煎した四つと、抹茶と黒ごま。果実と焦がした砂糖が同じ分子でつながる——いちごとキャラメルの相性が良いことは誰でも知っているが、その下にはこういう事情がある。
三つめ。バターの香り。ジアセチルという分子は、牛乳・生クリーム・ヨーグルトの香りを担うが、いちご・カカオ・コーヒー・キャラメルにもある。クレマ系のジェラートがこれほど広い素材を受け止められるのは、乳そのものが、多くの素材と分子を共有しているからだと言えそうだ。
対比は、この道具の外にある
ここまでは全部、香りの話だった。分子を共有する、という話である。ところが「塩キャラメル」を思い浮かべてみる。あれは分子を共有しているから合うのだろうか。違う。
塩には香りがない。だから、この道具で塩を選んでも、共有する分子は一つも出てこない。それでも塩は、ここに並ぶどの素材より強く味を変える。ペアリングの理論——香気分子の共有——は、対比について何も言っていないのである。別の感覚の話だからである。
そして、その「別の感覚」で起きていることは、たいていの人が思っているのと逆だった。
塩は、甘さを引き立てていない。決定的な実験がある。砂糖水に塩を足しても、甘さは変わらない。ところが砂糖と苦味を混ぜた水に塩を足すと、「甘くなった」と感じられる。つまり塩がしているのは、苦味を消すことだけである。消えた苦味の裏から、もとからあった甘さが聞こえてくる——それを人は「引き立った」と呼んでいるのである。
だから塩が効くのは、苦いものに対してだけである。カカオ、コーヒー、抹茶——これらの苦みはカフェインなどが担っていて、ナトリウムはそれを抑える。塩キャラメルが成立するのも、キャラメルが「焦げ」である以上、苦みを抱えているからだろう。足す道具ではなく、引く道具だと考えたい。
ミントは、さらに外側にいる。メントールの冷たさは、味でも香りでもない。三叉神経という第三の経路の話である。冷たさを検出する受容体があり、メントールはそれを直接こじ開ける——皿の中身を1℃も冷やさずにである。冷たさを「模倣」しているのではなく、同じ扉を別の入口から開けている。だからミントは、香りの理論でも味の理論でも捕まえられない。
正直に書いておきたい。対比について、本書が査読論文で裏を取れたのは、ここまでである。「濃厚さには酸を」「甘さには苦みを」といった言い回しは広く使われているが、どの物質をどの濃度で、という水準で確かめられたものを、本書はまだ持っていない。持っていないものは、書かない。
ジェラートに翻訳する
ここまでは、香りの話である。ジェラートに持ち込むには、もう二段の翻訳が要る。
一つめ。冷たいと、香りは立たない。−14℃前後で食べる氷菓では、揮発が抑えられて香りが弱く出る(深掘り07)。橋がかかっていても、そもそも香りが立たなければ渡れない。だから常温で味を見たときより、やや強めに設計する。
二つめ。脂肪は、香りを選んで隠す。これが厄介である。脂肪が抱え込むのは疎水性の香りだけで、水になじむ香りはほとんど影響を受けない(深掘り11)。つまりクレマ系では、脂肪に沈む香りと沈まない香りが選別される——主役に据えたい香りほど、脂肪に隠されることがあるのだ。量を足すなら、沈む香りにだけ足す。
この二つを踏まえて初めて、共有という手がかりはジェラートの上で使えるようになる。
Approfondimento — 深掘りペアリング理論を、低温と乳脂肪に翻訳する↓ 降りていく焙煎は、香りを足すだけではない
最後に、一つ厄介な話をしておきたい。アーモンドである。
アーモンドらしさ、つまりマジパンや杏仁を思わせるあの香りはベンズアルデヒドという一つの分子が担っている。ところが焙煎すると、これは大きく失われる。減った分を埋めるように、ピラジンとアルデヒドの香ばしさが立ち上がる。
だから焙煎したアーモンドは、香ばしいアーモンドではない。別の素材である。マジパンの方向を狙うなら焙煎は浅く、香ばしさを狙うなら深く——その二つは同時に手に入らない。第10章で「ジェラート用の焙煎は強めに」と書いたのは香りが冷たさで鈍るからだが、アーモンドについては、強めればアーモンドらしさそのものを手放すことになる。
pistacchio(ピスタチオ)は、また事情が違う。ナッツとしては異例なことに、松脂やレモンを思わせるモノテルペン植物の精油に多い、炭素10個からなる揮発性化合物の一群。柑橘・針葉樹・ハーブの香りを担う。類を持っている。実際、レモンやゆずと分子を共有していた。焙煎すればそこにピラジンが重なるが、この樹脂と柑橘の側面は他のナッツにはない。シチリアでピスタチオが柑橘と並ぶのは、経験がこれを先に見つけていたということだろう。
共有分子は、いずれも公開された査読論文で「両方の素材に存在する」と確認したものである。『フードペアリング大全』をはじめとする書籍の相性表・ペアリングツリー・分類体系は一切参照していない——本ツールの組み合わせは、公開された香気化学の文献と、広く知られた古典的な取り合わせだけを土台に、本書が独自に組んだものである。相性の点数は出さない(そもそも「合う」は分子の共有だけでは決まらない)。品種・産地・熟度・焙煎の度合いで、含まれる分子は大きく動く——ここに出るのはその素材の典型であって、いま手元にある一袋の話ではない。
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