ジェラートの教科書 Il manuale del gelato
04

第I部 配合の理論

安定剤・乳化剤

Additivi — addensanti ed emulsionanti

ごく少量で、ジェラートの質と保存性を大きく左右する二種類の脇役がいる。安定剤は水を縛り、乳化剤は脂肪を操る。役割はまったく異なるが、どちらも狙いは一つ——時間が経っても崩れない構造である。

二つの脇役、別々の仕事

第2章から第3章まで、ジェラートを形づくる主役——糖・水・乳固形分——を見てきた。本章で扱う安定剤乳化剤は、配合全体の1%に満たない量——安定剤だけなら多くは0.2〜0.5%——しか使わない。それでも、この二つを欠くとジェラートは保存中に急速に劣化する。

大切なのは、両者を混同しないことである。安定剤addensanti=増粘剤)は水に働き、自由な水を抱え込んで氷結晶の成長を抑える。乳化剤emulsionanti)は脂肪と水の境界に働き、脂肪球の振る舞いを制御する。水を縛るのが安定剤、脂肪を操るのが乳化剤——この役割分担をまず押さえておく。

安定剤 — 水を縛る

第1章で見たとおり、ジェラートの口あたりは氷結晶の細かさで決まる。そして氷結晶は、保存中の温度変化のたびに溶けては再凍結し、少しずつ大きく育っていく。この粗大化を遅らせるのが安定剤の最大の仕事である。

安定剤は水を強く抱え込んでミックスに粘性を与える。ここで、その働きを二つに分けておくと見通しがよい。

一つめは、どの安定剤を使っても同じように起きることである。粘度が上がりさえすれば得られる効果で、種類を選ばない——溶けにくくなり、水がにじみ出る離水sineresi)が減り、空気を抱えやすくなり、口あたりがなめらかになる。粘度を上げる手段であれば、何でもよいのである。

二つめは、安定剤ごとに違うことである。氷結晶の粗大化を遅らせる働きは、こちらに属する。粘性の高い未凍結相では水分子が動きにくく、氷結晶の表面へ移動する速度が落ちるから——と説明したくなるし、その筋は物理として通っている。だが、そう単純ではない。安定剤が再結晶化を遅らせること自体は確かなのに、なぜそうなるのかは、いまだに決着していない。粘度ではなく、結晶の表面に直接くっついて成長を邪魔しているという説もある。もし粘度だけで説明がつくなら、この働きは一つめの側——種類を選ばないほう——に入るはずである。入らないという事実そのものが、話が粘度だけでは終わらないことを示している。

安定剤の働きをまとめると、およそ次のようになる。

二つめに挙げたものは、見落とされやすい。安定剤は結晶を小さく保つだけでなく、あるものを感じさせなくする働きも持っている。同じ大きさの結晶でも、粘った相に包まれていれば舌は拾いにくい。

ただし多ければ良いものではない。入れすぎたジェラートは粘りが過ぎてゴム質になり、口の中で溶けきらない。安定剤は「効かせる」のではなく「効かせすぎない」さじ加減の素材である。

Approfondimento — 深掘り多糖類はなぜ、微量で水を抱えられるのか↓ 降りていく

代表的な安定剤

安定剤の多くは、植物や海藻に由来する多糖類である。それぞれ水和する温度・pHへの耐性・食感への癖が異なるため、実務では単一で使うより複数を組み合わせたブレンドとして使うのが定石である。互いの弱点を補い、相乗効果で少量でも安定した粘性が得られる。

紅藻(Chondrus crispus)のスポット挿絵。カラギーナンの原藻。

職人の視点

市販の「安定剤」の多くは、実は数種の多糖類と乳化剤をあらかじめ配合したブレンド品である。単一成分から自分で組むより、目的別に設計されたブレンドを使うほうが失敗が少ない。ただし何がどう効いているかを知らずに使えば、トラブルのとき打つ手がなくなる。既製品を使うにせよ、中身の役割は分かっておきたい。
Tab. 4-1 主要な安定剤の特徴
安定剤由来水和の条件酸性への耐性
ローカストビーンガム(カルーバ)キャロブの種子85℃超まで加熱酸〜弱アルカリで安定
グアーガムグア豆の種子冷水でも水和広い範囲で安定
ペクチン果実・柑橘HM型は冷水でも溶ける酸性向き(果実系に好適)
カラギーナン紅藻κ型は加熱が必要(λ型は冷水でも溶ける)強酸性に弱い
アルギン酸ナトリウム褐藻約80℃で溶解酸性に弱い
キサンタンガム細菌の発酵冷水でもよく溶ける酸性でも使える
CMC(カルボキシメチルセルロース)木材・綿のセルロース冷水でも温水でも溶ける果実系に限られる(理由は本文)

由来・性質は専門文献で照合。用途・配合比は製品や目的で変わるため数値は載せていない。CMCの「酸性への耐性」の欄だけ書き方が違うのは、この素材の制約が酸ではなく、乳と加熱の組み合わせにあるためである(本文)。

キャロブ(Ceratonia siliqua)の博物図版。幹生の莢・断面と種子・雄花序・葉。
Tav. IIICeratonia siliquaキャロブ幹生の莢・断面と種子・雄花序・葉

棚に並ぶのは精製された白っぽい粉だが、素性はこの木の種子である。硬いさやを割り、さらに硬い種皮の内側にある半透明の胚乳——それを挽いたものが、ローカストビーンガムだ。

ローカストビーンガムfarina di semi di carruba、キャロブの種子から得る)は、ジェラートで最もよく使われ、かつ最も汎用性が高い。自重の80〜100倍の水を抱える力があり、酸性から弱アルカリ性まで広く使える。ただし冷水には一部しか溶けず、十分に働かせるには85℃を超えるまで加熱しなければならない。殺菌の温度域を通すなら、この条件は自然に満たされる。難点は値段で、高いうえに相場の振れが大きい

グアーガムはカルーバに似た性質を持つが、冷水でも完全に水和するため、加熱しない仕込みにも使える。カルーバよりかなり安いのも利点である。一方で単独で使うと離水を起こしやすく、カルーバなどとの併用が勧められる。

併用が効くのには、理屈がある。二つの安定剤を混ぜると、それぞれから予想される以上のことが起きる——粘度が足し算を超えて上がったり、どちらも単独ではゲルにならないのに、混ぜるとゲルになったりする。安定剤の設計が「一つを選ぶ」ではなく「組み合わせる」仕事になるのは、このためである。

ペクチンは果実・柑橘かんきつ由来で、酸性の環境で働くため果実系のジェラートやソルベに向く。エステル化の度合いで二つに分かれ、高メトキシル型(HM)は糖と酸があってゲル化し、低メトキシル型(LM)はカルシウム塩があって初めてゲル化する。「糖も酸も要らない」のではなく、代わりにカルシウムが要るのである。そしてジェラートのミックスに使えるのは、このLM型のほう——乳がカルシウムを持ち込むからだ。水和のしかたも型で違い、HM型は冷水でも溶ける。Tab. 4-1でペクチンだけ他と扱いが違うのは、このためである。

酸味の強い果実を扱うときは、pHへの耐性が原料選びを左右する。アルギン酸ナトリウムは酸性で析出しやすい。理由は素朴で、酸を加えると、水に溶けないアルギン酸そのものに戻ってしまうからである。加えて乳のカルシウムが早すぎるゲル化を招く。そのままでは、酸性のソルベに向かない。

ただし、どちらにも逃げ道がある。酸のほうは、アルギン酸をプロピレングリコールでエステル化したものがpH 5以下でも安定である。乳のカルシウムのほうは、それを掴んで封じるキレート剤を併せれば抑えられる——市販のアイスクリーム用アルギン酸は、たいていリン酸塩やクエン酸塩と調合してある。「向かない」は「使えない」ではない。何が邪魔をしているのかが分かれば、外す手はたいてい用意されている。

では、酸の強いソルベに何を使うのか。キサンタンガムが、その一つの答えである。細菌の発酵でつくられる多糖類で、冷水によく溶け、酸性でも働く。おもしろいのは流れ方で、力を加えると急に柔らかくなり、力を抜くとすぐ粘りが戻る。この性質はソースに向く——かけている間はさらりと流れ、ジェラートの上に載った瞬間に止まってくれるからだ。ただし高価で、ジェラート本体に広く使われているとは言いがたい。

CMC(カルボキシメチルセルロース)は、少し事情が入り組んでいる。木材や綿のセルロースから作られ、冷水でも温水でも溶けるという扱いやすさがある。ところが乳タンパクを含む配合を高温にさらすと、かえって離水を招く。だから使い道は、ほぼ果実系に限られてきた。Tab. 4-1でこの素材だけ「酸性への耐性」の欄の書き方が違うのは、そのためである——CMCを縛っているのは酸ではなく、乳と加熱の組み合わせなのだ。

ややこしいことに、CMCにはカゼインの析出を抑える働きもあると報告されている。矛盾しているようだが、条件が違う。酸で凝もうとするカゼインを守るのと、加熱された乳の配合で相が分かれてしまうのは、別の話である。同じ素材が、条件によって助けにも邪魔にもなる。なお、名前が化学薬品めいて聞こえることが使用をためらわせてきた、という指摘もある。

それでも、第3章で触れたカゼインの酸凝固と同じく、酸は配合設計の制約条件として繰り返し顔を出す。

Approfondimento — 深掘りカゼインはなぜ酸で固まるのか — ミセルと界面↓ 降りていく

乳化剤 — 脂肪を操る

乳化剤の分子は、一方の端が水になじみ(親水性)、もう一方の端が脂肪になじむ(親油性)。この両親媒性ゆえに、乳化剤は水と脂肪という本来混ざらない二相の境界に並び、両者を仲立ちする。

水相 脂肪球 親水基(水側) 親油基(脂肪側)
Fig. 4-1 乳化剤分子は親水基を水側に、親油基を脂肪側に向けて界面に並び、脂肪球の表面を覆う。

乳化剤の役割は、単に脂肪を均一に分散させることだけではない。むしろジェラートで重要なのは、第3章で触れた部分脱乳化の制御である。マンテカツィオーネのせん断で脂肪球の膜が部分的に壊れると、露出した脂肪どうしが気泡の周りに網目を作り、構造を内側から支える。乳化剤はこの過程を適度に進め、なめらかで乾いた質感、良好なホイップ性、すくいやすさをもたらす。

Approfondimento — 深掘り乳化剤はなぜ乳化を弱めるのか — 部分合一の逆説↓ 降りていく

天然と合成の乳化剤

乳化剤は、由来によって大きく二つに分けられる。

天然の乳化剤の代表が、卵黄に含まれるレシチンlecitina)である。伝統的に最初に使われた乳化剤で、水になじむと同時に脂肪に溶ける両親媒性を持ち、水と脂肪を仲立ちする。クレマ系で卵黄を用いる配合には、この働きが素材の形で自然に組み込まれている。精製したレシチン単体はコストや強い風味からあまり使われないが、卵黄という素材として、いまも現役である(卵そのものの扱いは第10章)。

合成(工業的)の乳化剤として標準なのが、モノグリセリド・ジグリセリドである。脂肪(トリグリセリド)の仲間で、グリセリンに結合する脂肪酸の数が一つ(モノ)か二つ(ジ)かで性質が変わる。脂肪酸が一つのモノグリセリドは親水性が強く水の多い配合に向き、二つのジグリセリドは脂肪になじみやすい。両者を混ぜて用途に合わせる。

精製・合成されたこうした乳化剤は、食品添加物として食品衛生法の規制のもとで使われ、使用や表示にルールがある(第14章)。素材としての卵黄はこの限りではないが、いずれにせよ「何を使ったか」を正しく把握しておくことが、後の表示と品質管理(第12章)につながる。

使い方の勘所

安定剤・乳化剤は、いずれも少量で効き、入れすぎると裏目に出る素材である。効かせすぎれば粘りや重さになり、ジェラート本来の口どけを損なう。また、これらが十分に働くには殺菌後の熟成maturazione)で水和・相互作用の時間を与える必要がある。だからこそ殺菌のあとにミックスを休ませる——この工程の意味は第6章「殺菌と熟成」で扱う。

そして繰り返し現れるのがpHという制約である。酸味の強い果実を使うなら、酸に弱い安定剤・乳化剤は選べない。素材の組み合わせが、そのまま添加物の選択を縛る。配合とは、こうした制約を一つずつ解いていく作業にほかならない。その全体像を数値として束ねる手順が、次の第5章「バランシング実践」である。

章末クイズ2問
  1. ジェラートにおける乳化剤の仕事を、本書はどう説明しているか。

  2. 酸味の強いソルベを作る。安定剤はアルギン酸ナトリウムしか手元にない。本書に従えばどうするか。

選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。