ジェラートの教科書 Il manuale del gelato
L3

Approfondimento — 文中入口

カゼインミセルとは何か

La micella caseinica

乳タンパクの主役・カゼインは、単独の分子ではなく「ミセル」という集合体として乳の中を漂う。その構造を知れば、なぜ酸で固まり、熱には強いのかが見えてくる。

上級編第3章は、乳タンパクの一方の主役をカゼインとし、pHが4.5付近まで下がると酸凝固して砂状感を生むと述べた。上級編第4章では、その酸凝固を配合設計の制約の一つに数えた。では、カゼインとは実際どんな姿をしているのか。なぜ酸で固まり、殺菌の熱には耐えるのか。その答えは、カゼインがミセルという集合体をつくっていることにある。

カゼインは、単独では漂わない

カゼインは乳タンパクのおよそ8割を占める。だが乳の中で、一分子ずつばらばらに溶けているわけではない。数種のカゼイン(αs・β・κなどと呼ばれる)が集まって、カゼインミセルmicella caseinica)と呼ばれる、平均直径150ナノメートルほどの粒子を形づくっている。

その組み上がり方には、もう一段の階層がある。広く受け入れられている描像では、まずカゼイン分子が直径8〜10ナノメートルほどのサブミセルという小さな塊をつくり、そのサブミセルどうしがリン酸カルシウムのクラスターを仲介として結びつくことで、150ナノメートルのミセルができあがる。分子 → サブミセル → ミセルという二段構えである。カルシウムを取り除くとミセルがサブミセルに分解してしまうことが、この糊の役割を裏づけている。

このサイズが、乳の見た目を決めている。ミセルはコロイドと呼ばれる大きさの上端にあたり(上級編第1章)、光を散乱する。牛乳やミックスが白く濁って見えるのは、無数のカゼインミセルが光を散らしているからにほかならない。

● カゼイン ● リン酸カルシウム(糊) 〜 κ-カゼインの毛(親水性) 毛が水になじみ、ミセルどうしを 反発させて分散を保つ
Fig. L3-9-1 カゼインミセルの模式。内部はカゼインとリン酸カルシウムの集合、表面をκ-カゼインの親水性の「毛」が覆う。この毛が、ミセルどうしの反発を生み分散を保つ。

κ-カゼインの毛が、分散を守る

なぜミセルは互いにくっつかず、乳の中に安定して分散していられるのか。鍵は、ミセルの表面にある。数あるカゼインのうちκ-カゼインは、親水性の部分を水のほうへ突き出してミセルの表面を覆っている。この突き出した鎖が、いわば毛(hairy layer)のように立ち並ぶ。

この安定性は、ミセルを帯電したコロイド粒子として扱うと見通しがよい。粒子どうしの間には、引き寄せようとするファンデルワールス力と、同じ符号の電荷ゆえに遠ざけようとする静電的な反発力が同時に働いている。両者の和を距離の関数として描くと、途中に山——エネルギー障壁——が現れる。この山を越えられないかぎり、粒子は近づいて凝集することができない。

乳のpH(およそ6.6)では、カゼインミセルは全体として負に荷電している。この電荷が反発の山を高く保ち、ミセルを一定の距離に押しとどめている。κ-カゼインの親水性の尾は、この荷電を担うとともに、立体的にも隣を寄せつけない。乳がコロイドとして安定なのは、この表面のおかげである。上級編第4章で見た乳化剤や安定剤が界面で働くのと同様に、κ-カゼインもまた、界面で分散を守る役者なのである。

なぜ酸で固まるのか

ここまで分かれば、酸凝固の理由は明快である。ミセルの安定は、表面の電荷が生む反発の山に支えられていた。ところが酸味の強い果実などでミックスのpHが下がると、その負電荷が打ち消されていく。電荷が減れば、山は低くなる。そしてpHがカゼインの等電点(およそ4.6)に達すると、表面の電荷は実質的に失われ、山は消える。押しとどめるものを失ったミセルは、ファンデルワールス力に引かれるまま近づき、凝集する——これが酸凝固である。

つまり酸凝固とは、ミセルを壊す話ではなく、ミセルどうしを隔てていた反発の山を取り払う話なのである。凝集したカゼインが舌に触れれば、ザラつき、すなわち砂状感になる。上級編第3章が「酸味の強い果実と乳を合わせるとザラつくことがある」と述べた現象の、これが分子レベルの内実である。

安定:毛が反発 pH↓ 凝集:ザラつき(砂状感)
Fig. L3-9-2 酸凝固の仕組み。pHが下がると表面の負電荷が打ち消され、ミセルを隔てていた反発が失われて凝集する。これが酸味の強いミックスで生じるザラつきの正体である。

熱には、なぜ強いのか

対照的に、カゼインミセルは加熱には驚くほど強い。上級編第3章で、乳タンパクのうちホエイタンパクは加熱で変性すると述べた。カゼインのほうは、殺菌の温度域では変性しない。その違いも構造に由来する。

ホエイタンパクの主役であるβ-ラクトグロブリンは、βシートとαヘリックスからなる、きちんと折りたたまれた立体構造をもつ。しかもその内部には、対を組まずに残った遊離のSH基がある。加熱で構造がほどけると、この遊離のSH基が露出し、隣の分子とS−S結合を架けはじめる。分子どうしが縫い合わされて網になる——これが加熱による凝固の正体である。

一方カゼインは、もともと決まった折りたたみを持たない柔らかい鎖の集合であり、熱を加えても「ほどけて壊れる」構造をそもそも持たない。だから殺菌の温度域では、カゼインミセルは基本的に凝固しない——凝固の引き金は、熱ではなく酸なのである。

ジェラートを、内側から支える

カゼインミセルは、ただ白く濁らせるだけの粒子ではない。水を抱えてミックスに粘性を与え、脂肪球や気泡の界面に吸着してエマルションと泡を安定させ(深掘り05・08)、乳タンパクとしてジェラートの骨格を築く(上級編第3章)。上級編第4章の安定剤・乳化剤が「外から加える」界面の守り手だとすれば、カゼインミセルは乳が「もとから備える」界面の守り手である。両者が界面で協働して、ジェラートの構造は保たれている。

章末クイズ2問
  1. カゼインミセルの組み上がりについて、本稿が示す描像はどれか。

  2. 殺菌の温度域で、カゼインはなぜ凝固しないのか。

選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。