第I部 配合の理論
糖の科学
Gli zuccheri — POD e PAC
ジェラートの硬さと甘さは、別々に設計できる。そう言われて、すぐに腑に落ちるだろうか。甘くすれば、そのぶん柔らかくもなるはずである。この二つを切り離す鍵は、糖という素材が甘味料であると同時に、まったく別の仕事も担っているという一点にある。
糖は構造材である
ジェラートにおいて、糖は甘味料である以前に構造材である。水に溶けた糖は氷点を下げ、未凍結相凍結温度域でも凍らずに残る、糖などが濃縮された液相。ジェラートの「冷たいのに柔らかい」の正体。の量を決める。ショーケースの温度でどれだけの水が凍り、どれだけが液体のまま残るか——ジェラートの硬さ・すくいやすさ・口どけは、ほぼこの一点で決まる。
したがって職人にとって糖の設計とは、「どれだけ甘くするか」ではなく「どんな物性の氷菓にするか」の設計である。
二つの物差し — PODとPAC
糖ごとの性質を比べるために、スクロース(砂糖)を100とした二つの相対値を使う。
POD(Potere Dolcificante)は甘味度。舌が感じる甘さの強さを表す。PAC(Potere Anti-Congelante)は氷点降下力。水を凍りにくくする力、すなわちジェラートを柔らかくする力を表す。重要なのは、この二つが独立に動くことである。
| 糖 | 固形分 | POD(甘味度) | PAC(氷点降下力) |
|---|---|---|---|
| スクロース(砂糖) | 100% | 100 | 100 |
| デキストロース(ブドウ糖・一水和) | 91% | 74 | 173 |
| 転化糖(固形分70%のシロップ) | 70% | 約90 | 133 |
| フルクトース(果糖) | 100% | 120〜173 | 190 |
| グルコースシロップ(粉飴 DE40) | 100% | 50 | 47 |
| トレハロース(含水結晶) | 90% | 40〜50 | 90 |
| 乳糖 | 100% | 16 | 100 |
POD・PACの主要値は専門文献で照合済み。この表は、袋から出して秤に載せた材料そのもの1gあたりの値である——結晶水やシロップの水は分母に含めたままにしてある。実務で計るのはその重量だからで、文献の計算法もこれに合わせている(デキストロースのPAC 173 は、結晶水を含む分子量198から出した値)。転化糖だけは注意が要る。文献が与える127〜130という甘味度は固形分あたりの値で、この表の基準ではない。固形分70%のシロップとして計るなら、その0.7倍のおよそ90になる。(シロップ1gあたりで127はそもそもありえない——中身が100%フルクトースでも0.7×173=121にしかならず、転化糖は固形分の半分がブドウ糖である。)その転化糖の値は転化率95%超の市販品のもの——自作するなら、経路によって話が変わる。広く行われているのは酸を使う方法で、こちらは転化率が6割台にとどまり、転化率が低いほど甘味度も下がるため、この値はそのまま使えない。一方、酵素(インベルターゼ)を使う方法なら、ていねいに行えばほぼ完全に転化するので、表の値に近いものが得られる。フルクトースのPODが幅を持つのは測定のばらつきではなく、温度で実際に動くため(後述)。ジェラートの提供温度は、その幅の高い側にあたる。粉飴の 50 と 47 は、文献の同じ一行から採った——DE40・平均分子量730のグルコースシロップという、一つの製品の甘味度と氷点降下力である。ただし同じ文献は別の甘味度表も載せており、そちらとは値が食い違う(後述)。トレハロースは国内流通品=含水結晶(結晶水2分子・固形分約90%)を基準にした。PODの幅40〜50は、メーカー公表値(約40)と文献値(50・結晶形の指定なし)の両端。PAC 90 は含水結晶の分子量378から求めた値で、無水物(342)から計算した100ではない。
たとえばデキストロースはPOD 74・PAC 173。スクロースの7割ほどの甘さで、1.7倍ほどの氷点降下力を持つ。分子量が小さいほど同じ重量でも粒子の数が多くなり、氷点降下は粒子の数に比例して大きくなる——単糖類のPACが軒並み高いのはこのためである。

この原理は、糖の外まで届く。エタノールの分子量は46——スクロースの7分の1ほどしかない。したがって同じ1gが持ち込む分子の数は7倍を超え、PACは 743 に達する。糖ではまるで届かない値である。第10章でアルコールの扱いがあれほど難しいのは、風味の問題である以前に、この数字のためだ。逆にいえば、PACは糖の性質ではなく、溶けている粒子の数の性質である。何が溶けているかは、この物差しにとって二の次でしかない。
そして、その理屈を最後まで押し切るものがある。塩である。塩の式量は58.5で、アルコールの46より大きい。分子量だけを見れば、効きはアルコールより弱いはずだ。ところが塩は、水に溶けると分子でいることをやめる。ナトリウムと塩素の二つのイオンに割れてしまうのである。氷点降下が数えるのは粒子の頭数だから、塩は1個入れると2個ぶん効く——正確には、離れたイオンどうしがなお引き合うため、効きは2倍よりわずかに小さい(深掘り01)。結果としてPACはおよそ1100——アルコールを超えて、本書に出てくるどの材料より高い。
これは実務の話でもある。塩キャラメルの「ひとつまみ」を、1kgに3g(0.3%)としよう。総PACはおよそ33上がる。デキストロースを2%足したのと、ほぼ同じ効きである。味を決めたつもりで、氷の話もしていたことになる。少量だから無視してよい、とは言えない量なのだ。
Approfondimento — 深掘りなぜ糖は氷点を下げるのか — 束一的性質と分子量↓ 降りていく
PODが隠していること
ここまで甘さを POD という一つの数字で扱ってきた。実務ではそれで足りる。だが、この数字が何を捨てているかは知っておいたほうがいい。捨てているものが、四つある。
一つめ。甘さには、時間の形がある。 PODは甘さの強さを一点で表す。だが口の中で甘味は、立ち上がり、頂点を迎え、引いていく。その軌跡は糖ごとにまるで違う。フルクトースは鋭く高く立ち上がり、速く引く。スクロースは遅れて頂点に達し、長く残る。デキストロースはその中間で、頂点はもっとも低い。同じPODでも、早く強く来る甘さと、後から長く続く甘さは別の体験である。ジェラートは口の中で溶けながら数秒かけて食べるものだから、この時間の形は無視できない。
二つめ。糖を混ぜると、足し算より甘くなる。 複数の糖を混ぜたとき、その甘さはつねに、個々の糖から予想される値を上回る。糖どうしが知覚の上で相乗するためである。したがって後述する「各糖の量 × POD係数」の足し算は、実際の甘さをいくらか低く見積もる。ずれる向きが決まっているぶん物差しとしては使えるが、足し算の答えが実際の甘さそのものだと思ってはいけない。
三つめ。フルクトースのPODは、温度で動く。 Tab. 2-1がフルクトースだけ 120〜173 という幅で書かれているのは、測定がばらついているからではない。本当に動くからである。
粉末のフルクトースの分子は、一つの決まった形をしている。ところが水に溶けると、分子は複数の形をとりはじめる——六角形の環と、五角形の環である。そして甘いのは六角形のほうだけで、五角形は甘さにまったく寄与しない。溶けた直後は六角形が多いが、時間とともに五角形へ移る分のほうが多くなり、甘さは落ちていく。この形の移り変わりを変旋光(mutarotazione)という——深掘り06で乳糖の結晶化を駆動していた、あの現象と同じものである。
そして、この釣り合いは温度に左右される。温度が上がるほど、甘くない五角形の側へ傾く。熱い飲み物に溶かしたフルクトースが、ぬるくなった同じものより甘くないのは、このためである。
ここに、冷たい菓子にとって面白い含みがある。深掘り07で見るとおり、冷たさは舌の甘味の感度を下げる。冷たいジェラートは、それだけで甘さが不利になる。ところがフルクトースは、冷たいほど分子として甘くなる。舌が鈍る方向と、糖が甘くなる方向が、逆を向いているのである。数ある糖のなかで、フルクトースだけが冷たさに抗う——Tab. 2-1の幅の、高い側を使えるのはそのためだ。
そして、この予想は舌の上でも測られている。冷やしたときに甘味がどれだけ落ちるかを糖ごとに比べた研究があり、30℃から5℃へ冷やすと、スクロースは甘味の6割以上を失う。デキストロース(ブドウ糖)は約4割。ところがフルクトースは2割ほどしか落ちない。三つの糖のなかで、フルクトースの落ち幅が際立って小さいのである。
その研究は、なぜフルクトースだけ落ちにくいのかを述べていない。ただ変旋光は、まさにこの差を予想する——冷えるほど甘い形へ傾く糖なら、舌が鈍る分をいくらか自分で埋め合わせるはずだからだ。分子の理屈と、舌の実測。別々の道から来た二つが、同じ場所に着いている。
Approfondimento — 深掘り低温では香りが立たない — 揮発・分配・知覚↓ 降りていく
四つめ。この表は、唯一の正解ではない。 甘味度の表は文献によって値が違う。同じ糖に別の数字を与えている表がいくつも存在し、本書が拠った文献も、自分の示す表について「すべての場合に通用する甘味度表をつくるのは簡単ではない」と断ったうえで、数ある中の一つとして提示している。
その但し書きは、額面どおりに受け取ったほうがいい。同じ文献が、甘味度の表を二つ載せていて、両者は一致しないからである。粉飴で見ると、一方は組成の表のなかでDE40に甘味度50を与え、もう一方は甘味度だけを並べた表でDEごとの幅を示す——後者からDE40を読むと、50よりいくらか低く出る。低いDEではこの食い違いがもっと開く。Tab. 2-1が採ったのは前者、つまり平均分子量730という一つの製品として、甘味度と氷点降下力を同じ行から採る読み方である。氷点降下力47がその分子量から出ている以上、甘味度も同じ行から採るのが筋が通る。
同じ本の中でさえ、こうなる。 Tab. 2-1は出発点であって、終点ではない。
では実務ではどうするか。答えは拍子抜けするほど単純で、使う原料のメーカーに技術資料を請求することである。甘味度と氷点降下力を明記した資料を出しているメーカーは珍しくない。一般値の表より、いま自分が現に使っている製品の公表値のほうが正しいのは、考えるまでもない。本書が拠った文献自身が、この手順を勧めている。
これは机上の話ではない。Tab. 2-1のトレハロースが、まさにその例である。国内で流通しているトレハロースは含水結晶——結晶の内側に水を2分子抱えこんでおり、製品のおよそ1割は水である。メーカーはこの製品の甘さを砂糖のおよそ4割と公表している。ところが海外の文献が与える値は50で、そこにどの結晶形の話かは書かれていない。同じ「トレハロース」という名前のまま、1割の水と10ポイントの甘さが動く。Tab. 2-1が幅で書いてあるのは、このためである。
氷点降下力も同じ理由で動く。PACは分子量で決まるのだった。結晶水を抱えたぶんだけ同じ1gに含まれる糖そのものが少ないので、トレハロースのPACは無水物から計算した100ではなく、90である。デキストロースを一水和物として扱ったのとまったく同じ話が、ここでも起きている——袋に書かれた糖の名前は、中身の分子量までは教えてくれない。
グルコースシロップとDE値
グルコースシロップ(sciroppo di glucosio)は、デンプンを加水分解して得られる糖の混合物である。剤形が二つあり、日本では呼び分ける——粉末のものを粉飴(固形分ほぼ100%)、液状のものを水飴(固形分およそ80%)という。糖としての性質は同じで、違うのは水を含むかどうかだけである。だが配合では同じ重量でも固形分が二割違うので、どちらを使っているかは常に意識しておく必要がある。以下、糖としての性質を述べるときは総称のグルコースシロップを用いる。
単一の糖ではないため、その性質は加水分解の進み具合を示すDE値Dextrose Equivalent(デキストロース当量)。デンプンの加水分解度を示す指標。デキストロース=100、デンプン=0。で決まる。
DEが高いほど組成はデキストロースに近づき、平均分子量が下がってPODもPACも高くなる。これは理屈だけの話ではない——文献はDEごとの甘味度と平均分子量を実際に並べており、DEが上がるほど分子量が下がり、甘味度が上がる、という対応がそのまま表に出ている。逆にDEが低いほど分子量の大きな長い糖鎖が多く残り、甘さも氷点降下もほとんど持たない——つまり「甘くせず、柔らかくもせず、固形分だけを足す」構造材に近づく。ここで効くのは前述の原理そのもので、氷点降下力は分子量で決まり、同じ重量なら分子が小さいほど粒子数が多くなってPACが上がる。DE値はいわばその平均分子量の代理指標である。Tab. 2-1の粉飴(DE40)のPAC 47も、この分子量から求めた値である。
この性質から、低DEのグルコースシロップは総固形分の不足を補う調整材として重宝する。甘さと硬さのバランスを崩さずに水っぽさを矯正できるからである。ただし多用すると糖鎖由来の粘りが出て、口あたりが重くなる点には注意が必要である。
置き換えの実際
この独立性を使うと、「甘さはそのまま、硬さだけ変える」という調整ができる。スクロースの一部を高PACの糖に置き換えれば、総甘味をほぼ保ったままジェラートは柔らかくなる。逆に、柔らかすぎるミックスにはトレハロースのような低PODでPACはスクロース並みの糖を使い、甘さを抑えつつ固形分を足す、といった設計も可能になる。
置き換えには、氷点の設計とは別の動機もある。スクロースだけを高い濃度で使うと、とくに表面で粗い結晶を作りやすい——一部を他の糖に置き換えることは、その予防でもある(第13章)。
いま「ほぼ保ったまま」と書いた。この「ほぼ」は、消すことができる。
糖を一本だけ入れ替えれば、甘さは必ず動く。デキストロースはスクロースより甘くないのだから、同じだけ置き換えれば、そのぶん甘さは落ちる。柔らかさの代金を、甘さで払っていることになる。
そこで二本を組にする。スクロースより甘くない糖と、スクロースより甘い糖を対にして、平均を100へ戻してやればよい。定石はデキストロースと転化糖である。固形分あたりで見ると、デキストロースはおよそ81(Tab. 2-1の74から結晶水を除いた値)、転化糖は127〜130——一方はスクロースの下に、もう一方は上にいる。等量に組めば平均はおよそ105で、スクロースとほとんど変わらない。ところがPACは、どちらも190である。つまりこの組は、甘さをほとんど動かさないまま、氷点降下力だけを1.9倍にして持ち込む。硬くしたいときは逆をやればよく、この組を減らしてスクロースへ戻せば、甘さを動かさずに硬さだけが上がる。
注意が二つある。
一つは基準である。いまの計算は固形分あたりであって、Tab. 2-1の基準ではない。表の値で見れば、デキストロース一水和物は74、固形分70%の転化糖シロップは90——どちらもスクロースより甘くない。この二つをどう混ぜても100には届かない。デキストロースの1割は結晶水、シロップの3割は水だからである。秤の上で等量にしても、糖として等量にはならない。組は固形分で作り、シロップが連れてくる水は総固形分の側で受け止める(第5章)。
もう一つは、100という数字そのものについてである。スペインの実務書はこの組み合わせに名前まで与えていて、デキストロース70・転化糖130、足して200、半分でちょうど100——スクロースと寸分違わないと書いている。だが、ぴたりと合うのはその本の表を使ったときだけである。本書が拠った文献はデキストロースをもう少し甘いとしており、同じ計算をすれば105になる。「四つめ」で見たとおり、甘味度の表は一つではない。組が狙いどおりに働くかどうかは、自分がいま使っている表——できればメーカーの技術資料——の上で確かめるほかない。
Calcolo — 計算
例:スクロース 160g × 1.00 + デキストロース 40g × 1.73 = 160 + 69 = PAC 229(ミックス1kgあたり)
このPAC値が、提供温度でのジェラートの硬さに直結する。
なお、この総和に乳糖は入れない。表2-1で乳糖のPACは100——スクロースとまったく同じ値である。だがこれは名目上の係数にすぎない。乳糖は糖のなかで際立って溶けにくく(第3章)、しかも提供温度では水の多くが氷になっていて、未凍結相はごく狭い。その狭い水を全成分で分け合うのだから、もっとも溶けにくい乳糖は溶けきれずに残る。そして溶けていない糖は、粒子の数に加わらない。氷点降下が数えるのは溶けた粒子の頭数だから、溶け残った乳糖はこの物差しに効かないのである。だから乳糖は他の糖と束ねず、無脂乳固形分の側で管理する。表2-1に乳糖を載せてあるのは、他の糖と並べたときの位置——甘さはスクロースの六分の一、係数の上では同じPAC——を見せるためであって、この式に足すためではない。
溶け残った乳糖がその後どうなるかは、それ自体が一つの欠陥の物語になる。
Approfondimento — 深掘り乳糖の砂状化 — 過飽和と結晶化↓ 降りていく
ただし、先に釘を刺しておきたい。「PACがいくつなら何℃」という換算表は、実は存在する。スペインの実務書は、PACが20点上がるごとに提供温度が1℃下がるとして、−10℃から−18℃までの対応表を掲げている。だが、その著者自身がこう断っている——これは科学的研究の結論ではない。そもそもそんな研究は存在しない。日々の仕事の結果である、と。
つまり換算表は、ある工房の実践から生まれた経験則であって、配合から温度を導く理論ではない。同じ数字が別の工房で成り立つ保証はどこにもない。だから本書は、この表を借りてこない。総PACは、同じ配合の中で糖の内訳を入れ替えたとき、硬さがどちらへ動くかを読むための物差しとして使う。この物差しを実務でどう使うのかは、第5章「バランシング実践」で扱う。
そのうえ、その表の数字は、本書の総PACと同じ物差しの上にない。すぐ前で総和から外した乳糖を、あの本は足しているからである。無脂乳固形分が1割の配合なら乳糖はおよそ50g(第3章)——先の計算例のPAC 229に、そのまま50が乗ることになる。同じミックスでも、数え方が違えば二割以上ちがう数字が出る。他書の目標値やレンジを持ち込むときは、それが何を足した数なのかを先に確かめること。借りてこない理由は、経験則だからというだけではなかった。
職人の視点
章末クイズ2問
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Tab. 2-1 で乳糖のPACは 100 ── スクロースとまったく同じ値である。それにもかかわらず、本書はミックスの総PACを求めるとき乳糖を足さない。なぜか。
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甘さは今のまま、硬さだけを上げたい。デキストロースと転化糖を組にして使っている配合である。最初に触るべきはどれか。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。