ジェラートの教科書 Il manuale del gelato
L3

Approfondimento — 文中入口

なぜ糖は氷点を下げるのか

L'abbassamento crioscopico

PACという係数の背後にある物理化学——束一的性質と、スクロース-水相図。なぜPACは分子量で決まるのか、そしてなぜジェラートには「一つの融点」が存在しないのかを、ここで解く。

上級編第2章では、糖の氷点降下力をPAC(Potere Anti-Congelante)という相対係数で扱った。デキストロースのPACはスクロースの約1.7倍、フルクトースは約1.9倍——なぜこの値になるのか。その答えは、溶液の物理化学における束一的性質proprietà colligative)にある。本稿はPACという便利な係数を、その根拠まで分解する。

氷点降下は「数」で決まる

純水は0℃で凍る。しかし糖を溶かすと、凍りはじめる温度は0℃より低くなる。この現象を氷点降下(凝固点降下)と呼ぶ。

分子の目で見れば、理屈は素朴である。氷が育つとき、水分子は結晶の格子に一つずつ乗っていく。ところが溶けた糖の分子は、氷の格子にうまく収まらない。収まらないまま、格子に乗ろうとする水分子の行く手を邪魔する。だから水は凍りにくくなり、凍りはじめる温度が下がる。冬の道路にく塩が氷を融かすのも、同じ理屈である。

岩塩の結晶のスポット挿絵。母岩に群生した立方体の結晶。

そして決定的な事実は、氷点降下の大きさが溶けている粒子の種類ではなく、数だけで決まるという点である。これが束一そくいつ的性質の核心である。溶けている粒子の数が同じなら、それがスクロースであろうとデキストロースであろうと、氷点降下は等しい。味も分子の形も関係しない。効くのは、水分子に混ざりこんだ「よそ者」の頭数だけである。

ここで分子ではなく粒子と言っているのには、理由がある。糖なら、溶かした分子はそのまま一つの粒子として振る舞うので、二つの言い方は一致する。ところが塩は違う。水に入れた塩は分子でいることをやめ、ナトリウムと塩素の二つのイオンに割れてしまう。数えるべきは割れたあとの頭数だから、塩は1個入れると2個ぶん効くのである。分子量から予想される効きの、およそ2倍——正確には、離れたイオンどうしがなお引き合うため、2倍よりわずかに小さい。

この区別を落とすと、話が半分になる。塩が糖より強く氷点を下げる理由を分子量が小さいからとだけ説明している文献もあるが、それでは足りない。塩が強いのは、小さいうえに、二つに割れるからである

薄い溶液では、氷点降下 ΔT は次式で表される。

Abbassamento crioscopico

ΔT = K x
K=凝固点降下定数(cryoscopic constant)、x=溶質のモル分率

モル分率 x とは、溶質の分子数を、系全体の分子数(水+溶質)で割ったものである。式が語っているのは一つのことだけ——効くのは分子の頭数である。

PACが分子量で決まる理由

ここから、PACの正体が導かれる。分子の頭数——モル数——は、次のように分解できる。

Calcolo — 計算

溶質のモル数 = 溶質の質量 ÷ 分子量
∴ 同じ質量なら、分子の頭数は 分子量に反比例

同じ重量を溶かすなら、分子量が小さい糖ほど頭数が多くなり、氷点降下は大きくなる。PACが分子量にほぼ反比例するのはこのためである。この関係は糖にかぎらない。1gの食塩(式量58.5)が1gのスクロース(分子量342)よりはるかに強く氷点を下げるのも、同じ理屈である——先に見たとおり、食塩の場合はそこに「二つに割れる」ぶんが上乗せされる。スクロース(分子量342)を基準に見れば、分子量180の無水デキストロースは 342 ÷ 180 ≒ 1.9 倍のモル数をもち、PACはおよそ190に近づく。

上級編第2章の表がデキストロースにPAC 173を与えていたのは、ジェラートで一般的な一水和物(分子量198)を採ったからである。342 ÷ 198 ≒ 1.73——結晶水の分だけ実効分子量が増え、PACが190から173へ下がる。表の数値は、この一行の割り算に裏打ちされている。

スクロース(分子量342)・同じ1g 粒子 少ない → ΔTf デキストロース(分子量180)・同じ1g 粒子 約1.9倍 → ΔTf 約1.9倍
Fig. L3-1-1 同じ質量でも、分子量が小さい糖は粒子数が多い。氷点降下は粒子数に比例するため、小さな糖ほど強く水を凍りにくくする。

なぜジェラートに「融点」はないのか

ここまでは希薄溶液の理想論である。しかしジェラートのミックスは希薄でも理想的でもない。そしてこの逸脱こそが、ジェラートの物性を生む。

純物質なら凝固点は一点に定まる。ところが糖水溶液を冷やしていくと、ある温度でまず水だけが氷として析出する。糖は氷の結晶格子に入れないので、凍らずに残った溶液(未凍結相)に取り残される。すると未凍結相の糖濃度は上がり、束一的性質によってその凝固点はさらに下がる。次の氷が生じるにはもっと低い温度が要る——この繰り返しで、凍結は一点では起きず、温度域にわたって連続的に進む

この「氷が水を抜き取ることで残りが濃くなる」過程を凍結濃縮crioconcentrazione)と呼ぶ。ジェラートに単一の融点が存在せず、温度を下げるほど少しずつ硬くなるのは、この機構による。上級編第1章で扱った未凍結相とは、凍結濃縮の到達点にほかならない。

このことは、氷結率の曲線(アイスカーブ)として実際に描ける。温度を横軸に、氷の量を縦軸に取ると、氷点を過ぎたあたりから氷は急に増え、そこから先はゆるやかに増え続ける。アイスクリームの実測例では、凍結撹拌かくはん機を出る−5℃前後で、氷はミックス全体の重量の3割強を占める。−18℃という保存温度では5割を超える。

ここで、単位に注意したい。この曲線が縦軸に取っているのはミックス全体に対する氷の重量であって、水のうち何割が凍ったか、ではない。同じ事実を「水の何割が凍ったか」で数え直せば、提供温度の−14℃前後でおよそ8割になる——上級編第1章や上級編第7章が述べているのは、こちらの数え方である。どちらで数えるかで数字はまるで変わるが、指しているのは同じ一本の曲線である。氷結率の話をするときは、分母が何かを先に確かめなければならない。

単一の融点で一気に固まるのではなく、温度域にわたってじわじわと凍っていく——ジェラートが「冷たいのに柔らかい」でいられる理由が、この一本の曲線に凝縮されている。

温度 0℃ 糖濃度 → 液相線(凍りはじめる温度) 氷 + 未凍結相 すべて液体 初期配合 提供温度域 ← ここで未凍結相はこの濃度・この糖組成 凍った分だけ濃縮
Fig. L3-1-2 スクロース-水相図(模式)。液相線に沿って未凍結相が濃縮していく。提供温度では一部の水だけが凍り、残りは濃い未凍結相として口どけを担う。

相図が硬さを決める

この見方に立つと、PACの実務的な意味が明確になる。ある提供温度において、水の何割が凍っているか——それがジェラートの硬さである。液相線が急なら、同じ温度でも凍る水は少なく、未凍結相が多く残って柔らかい。高PACの糖は液相線を押し下げ、提供温度で凍る水の割合を減らす。これが「PACを上げると柔らかくなる」の物理的な内実である。

しかも、これは概念の話ではない。相図があれば、氷の量は計算で出せる。 たとえば30%のスクロース溶液を−10℃まで冷やしたとする。相図の液相線を読むと、その温度で未凍結相のスクロース濃度は57%になっている。溶液1kgに含まれるスクロースは300g。それが濃縮されて57%になったのだから、残った溶液は 300 ÷ 0.57 ≒ 530g しかない。差の470g、すなわち全体の47%が氷に変わっている——この一行の割り算が、相図から氷の量を引き出す方法である。

同じ計算を各温度で繰り返せば、先ほどの氷結率の曲線が描ける。そしてこれこそが、配合設計で「提供温度において狙いどおりの氷の量になるか」を確かめる道具になる。相図は、絵として眺めるものではなく、硬さを計算するための道具なのである。

上級編第5章で総PACを Σ(各糖量 × PAC係数)と線形に足し合わせたのは、この相図を実務のために線形近似したものである。厳密には、糖の濃度が1割を超えたあたりから、氷点降下は先ほどの単純な比例式から目に見えてずれはじめる。溶質どうしが互いに影響し合い、理想溶液の仮定が崩れるためである。実際のミックスの糖濃度を思えば、現場の配合はことごとくその「ずれる領域」にある。それでもPACの足し算が機能するのは、作業温度域に限れば、ずれた曲線もほぼ直線とみなせるからにすぎない。PACは、相図という曲線に引いた実用的な接線だと理解すればよい——接点から離れれば、当然ずれる。

さらに低温では——ガラス転移

凍結濃縮には終点がある。だがそこへ至る道筋が、糖の場合は少し変わっている。

食塩の相図なら、液相線を下っていくと共晶点にぶつかり、そこで塩そのものが結晶として析出して話が終わる。ところがスクロースは結晶化しにくい。理論上の共晶点(およそ63%・−13.7℃)を迎えても、糖は結晶にならず、過飽和のまま液相線を下り続ける。溶けきれないのに溶けている——この「無理をした状態」は、深掘り06で見た乳糖の過飽和と同じ構図である。ただし乳糖は結晶化してしまうのに対し、スクロースは踏みとどまる。この粘りが、ジェラートを砂だらけにせずにおいてくれている。

こうして共晶点を素通りした溶液は、さらに濃く、さらに粘くなり、やがて分子が互いをすり抜けて動くことができなくなる。ガラス状態への固化である。結晶と違って分子は格子に並ばず、液体のような無秩序な配置のまま凍りついたように止まる——窓ガラスと同じ種類の固体である。

この転移が起きる温度をガラス転移温度という。アイスクリームでは配合によるが、おおむね −30〜−40℃ であり、典型的なものでは −30℃あたりに現れる。これは未凍結相の組成が決める性質であって、空気の量には左右されない。この温度を下回ると、未凍結相は粘りすぎてもはや流れず、溶質分子は動きを失う。再結晶化は、実用的な時間の尺度では事実上止まる。ガラス転移温度より低く保たれたジェラートは、原理的には劣化しない。

ここで一つ、性格の違いを押さえておきたい。ガラス転移は、凍結のような真の相転移ではない。熱力学が決める平衡の話ではなく、「分子が動けるかどうか」という速度論的な現象だからである。だから厳密には、ガラス転移線を書き加えた図はもはや相図ではなく状態図と呼ぶべきものになる。実際、最大まで凍結濃縮しきった点に到達するのは容易ではない。そこへ届く前に、分子の動きが遅くなりすぎてしまうからである。

下回れなくても、近づけばよい

では、ジェラートを −40℃で保存すればよいのか。現実には、そうもいかない。だが、ここに救いがある。

ガラス転移温度を下回れなくても、近づくだけで効くのである。転移温度より上では、変化の速さは保存温度とガラス転移温度の差で決まる。差が小さいほど、変化は遅い。断崖ではなく、坂なのだ。だから工業の冷蔵庫が −25℃以下に保たれるのは、ガラス転移を下回るためではなく、十分に近づけば足りるからである。上級編第7章が保存温度の低さと安定を求めるのは、この坂を下ることにほかならない。

同じ物差しが、両側を引っ張る

ならば、ガラス転移温度そのものを上げてしまえばよいのではないか。近づくのが目的なら、目標のほうを手前に引き寄せる手がある。

実際、その手はある。分子量の大きい糖——粉飴やコーンシロップの類——を使えば、ガラス転移温度は上がる。保存に対して、ジェラートは強くなる。

だが、ここで本稿がずっと追ってきた法則が、牙を剥く。氷点降下は分子量に反比例した。分子量の大きい糖は、まさにその大きさゆえに、氷点を下げる力が弱い。ガラス転移温度を上げようとして高分子量の糖を増やせば、同じ手つきで氷点降下が痩せ、ジェラートは硬くなる。おまけに、風味の面でも歓迎されないことがある。

一つの物差し——分子量——が、二つの要求を逆向きに引っ張っている。安定させたければ大きい糖を、柔らかくしたければ小さい糖を。どちらか一方を取れば、他方を失う。上級編第2章がPODとPACという二つの座標で糖を使い分けたのは、この綱引きの上に立つためであった。糖の設計とは、結局、この引っ張り合いのどこにくいを打つかを決める作業なのである。

硬化と超低温保存が組織を守る深部の理由はここにあるが、その詳細は深掘り02(核生成と成長)および深掘り03(再結晶化)に譲る。

章末クイズ2問
  1. 食塩がスクロースよりはるかに強く氷点を下げる。その理由として、本稿の説明に合うのはどれか。

  2. ある資料は「−5℃で氷はミックスの3割」と言い、別の資料は「−14℃で氷は8割」と言う。この二つは矛盾しているか。

選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。