第I部 配合の理論
ジェラートの構造
La struttura del gelato
ジェラートは何でできているか。答えは「氷・空気・脂肪・濃縮シロップ」——四つの相が組み合わさった、食品の中でも指折りに複雑な微細構造体である。配合の科学は、この構造の理解から始まる。
四つの相でできた氷菓
完成したジェラートをミクロの目で見ると、そこには四つの相が共存している。氷結晶、気泡、脂肪球、そしてそれらの隙間を満たす未凍結相——糖などが濃縮された、凍らない液相である。
スプーンにのる一口のなめらかさは、この四つの「粒の細かさと分布」で決まる。氷結晶が大きければザラつき、気泡が粗ければスカスカになり、脂肪球の分散が悪ければバター状の塊を生む。つまりジェラート作りとは、目に見えない粒子の大きさを制御する仕事である。
ミックスの中の四つの状態
凍らせる前のミックスの段階でも、材料は一様に「溶けている」わけではない。粒子の大きさによって、水の中での存在のしかたが異なる。
| 状態 | 主な成分 | 粒子径の目安 |
|---|---|---|
| 真の溶液 | 糖類(乳糖を含む)・ミネラル塩 | 1 nm 未満 |
| コロイド溶液 | 乳・卵のタンパク質、安定剤 | 約 1〜100 nm |
| エマルション | 脂肪球 | 100 nm 〜 |
| 懸濁液 | カカオ・ナッツペーストの不溶性粒子 | さらに大 |
分散状態の分類と粒子径は専門文献で照合済み。境界の 100 nm は、文献の地の文ではなく図の目盛から採った——地の文はコロイドの上限を 10 nm と書いているが、同じ文献の図はコロイドの帯を 100 nm まで引いており、さらに同じページがエマルションの下限を 100 nm と書いている。10 を採ると 10〜100 nm を担う状態が消え、乳の主要なタンパク質(深掘り09)もどこにも入らなくなる。
この分類は見た目の理屈ではなく、実務に直結する。真の溶液になる糖は凍結挙動を支配し(第2章)、コロイドのタンパク質と安定剤は水を抱えて粘性を作り、エマルションの脂肪球はmantecazioneでの気泡の保持を助ける。ミックスが白く濁って見えるのは、コロイド以上の大きさの粒子が光を散乱するためである。
Approfondimento — 深掘り脂肪球はどうやって気泡を支えるのか↓ 降りていく
牛乳や生クリームはもともと「水の中に脂肪が分散した」水中油滴型のエマルションであり、ミックスに加えた瞬間から乳化は始まっている。これを機械的にさらに細かく均一にするのが均質化であり、その巧拙が後述する構造の欠陥に直結する。
凍結で何が起きるか
マンテカツィオーネでミックスが凍っていくとき、凍るのは純粋な水だけである。氷結晶は純水の固体であり、糖やミネラルは氷から締め出されて残りの液相に濃縮されていく。濃縮された液相はますます凍りにくくなり、やがて平衡に達する——これが未凍結相である。
したがって「ジェラートの温度が下がる」とは「氷の割合が増える」ことと同義である。提供温度の目安となる−14℃前後では、ミックス中の水のおよそ8割が氷になっている。残り2割の濃縮シロップが可塑性を与え、スプーンが通る柔らかさを保証する。この氷率と温度の関係を配合側から設計する道具が、第2章で定義したPACである。
職人の視点
コルポとストゥルットゥーラ
イタリアの製菓理論では、ジェラートの質感を二つの言葉で区別する。コルポ(corpo=体)は質量感・密度・溶けの挙動を指し、主に配合——固形分の量と構成——で決まる。一方ストゥルットゥーラ(struttura=構造)は組織の細かさ・なめらかさを指し、主に工程——凍結・硬化・保存の管理——で決まる。
この区別は診断の道具として役に立つ。よくある構造欠陥を挙げる。
- 砂状の組織——乳糖の過多。硬化・保存の温度管理が悪いと乳糖が粗い結晶に育ち、舌に砂を感じる
- バター状の組織——脂肪の過多ではなく、均質化の不足や凍結前の冷却不足で脂肪球が塊を作った状態
- 粗い組織——凍結や硬化の工程エラーで氷結晶が大きく育った状態。granitaのような冷たさを感じる
- 重い/軽い構造——取り込んだ空気(オーバーラン)の過不足
「配合は正しいのにおいしくない」とき、原因の多くはコルポではなくストゥルットゥーラ、すなわち工程側にある。
構造は凍結で建ち、硬化で固まる
ジェラートの構造はマンテカツィオーネの数分間に「建てられ」、その直後の急速な硬化で「固定される」。凍結がゆっくりであるほど氷結晶は大きく育ち、硬化が遅いほど一度できた微細な結晶が粗大化する。つまり優れた構造は、良い配合だけでは手に入らない——配合(本書第I部)と工程(第II部)は、構造という一つの目的の両輪である。
以降の章では、この構造を構成する要素を一つずつ分解していく。まず水を支配する糖(第2章)、骨格を作る乳固形分(第3章)、そして相の界面を守る安定剤・乳化剤(第4章)である。
章末クイズ2問
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仕上がったジェラートがバター状で、口の中に脂の塊を感じる。原因として本書が挙げているのはどれか。
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昨日と同じレシピ、同じ計量、同じ工程で作った。それなのに今日のジェラートはショーケースの中で明らかに硬い。最初に確かめるべきはどれか。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。