ジェラートの教科書 Il manuale del gelato
02

入門編 ジェラートを知る

ジェラートの歴史

Una storia del gelato

ジェラートの歴史には、魅力的な物語がたくさんあります。王のために作られた秘密の氷菓、お姫さまがフランスに持ち込んだ味——。ただし、そのすべてが本当とはかぎりません。ここでは、確かな史実と、心ときめく言い伝えを、そっと分けながらたどっていきましょう。

冷たい甘さへの、古い憧れ

冷たくて甘いものを口にしたい——その願いは、冷凍庫のなかった時代から人々の心にありました。古代の各地で、人は山や洞窟どうくつから雪や氷を運び、蜜や果汁を冷やして楽しんだと伝えられています。冷たさは、ごく限られた人だけが手にできる、貴重なぜいたくだったのです。

雪氷を運んだ壺のスポット挿絵。山の雪や氷を詰めて運んだ素焼きの器。

やがて、ただ冷やすだけでなく、氷そのものを口あたりよく仕立てる工夫が生まれていきます。ジェラートの物語は、この長い工夫の積み重ねの先にあります。ひとりの天才がある日発明したものではなく、多くの土地と時代が少しずつ育てた氷菓——それがジェラートです。

「ソルベット」という言葉の旅

ヒントは、言葉のなかに残っています。かつてイタリア語で氷菓を指したsorbetto(ソルベット)という言葉は、アラビア語で「飲み物」を意味するシャルバート(sharbat)にさかのぼると言われます。同じ語源から、英語の「シャーベット」も生まれました。

甘い水を冷やして飲む文化が、地中海を越えてシチリア島に伝わり、そこからイタリア半島へ広がっていった——言葉の旅は、味の旅でもありました。シチリアは今もソルベットやグラニータの名産地で、この土地の記憶は現代のジェラートにも生きています。

ルネサンスの「創始者」たち——ここからは言い伝え

さて、ここから物語は一気にきらびやかになります。ただし、その多くは確かな証拠のない言い伝えであることを、先にお伝えしておきます。

もっとも有名なのが、16世紀フィレンツェのBernardo Buontalenti(ベルナルド・ブオンタレンティ)の話です。芸術家であり技術者でもあった彼が、メディチ家のうたげのために、乳や卵を使ったクリーム状の氷菓を作り上げた——だから彼こそ「近代ジェラートの父」だ、と語られます。魅力的な話ですが、これを裏づける確かな記録は乏しく、同じ時代の別人を創始者とする説もあります。

もう一つ有名なのが、カテリーナ・ド・メディチの物語です。彼女が1533年にフランス王家へとついだとき、フィレンツェの料理人とともに氷菓をフランスに伝えた——という筋書きです。婚姻そのものは史実ですが、氷菓を持ち込んだという部分は、後世に作られた俗説と考えられています。

なぜ、こうした話がくり返し語られるのでしょうか。おそらく、話があまりに魅力的だからです。歴史の楽しみ方の一つは、こうした言い伝えを「本当かな?」と味わいながら、確かな事実と区別することにあります。

古代雪と氷で冷やす 中世語源 sharbat 16世紀ブオンタレンティ言い伝え 1686Café Procope 1945自動製造機 現代 史実 言い伝え
Fig. 2-1 ジェラートの歴史の大きな流れ。緑の点は比較的確かな史実、白抜きの点は名高いが確証の薄い言い伝え。

大衆のものになった日

言い伝えの霧を抜けて、確かな史実にたどり着きます。1686年、パリ。シチリア出身のFrancesco Procopio dei Coltelli(フランチェスコ・プロコピオ・デイ・コルテッリ)が、カフェ「Café Procope」を開きました。

それまで氷菓は、王侯貴族だけが味わえる特別なものでした。プロコピオの功績は、これをお金を払えば誰でも楽しめる一杯として広く売り出したことにあります。彼のカフェはパリの名所となり、氷菓はヨーロッパ中の人々のものになっていきました。「一部の人の贅沢ぜいたく」から「みんなの楽しみ」へ——これは味の歴史における、大きな転換点でした。

機械が変えたこと

もう一つの大きな転機は、ずっと時代が下って20世紀にやってきます。それまでのジェラート作りは、氷と塩で冷やしながら手で練る、重労働でした。品質は職人の腕と体力に大きく左右されたのです。

1945年、イタリアのボローニャで、カルピジャーニが自動でジェラートを作る機械を生み出しました。冷やしながら練る工程を機械が担うことで、品質は安定し、作れる量も増えました。こうしてジェラートは、限られた名店の味から、街のあちこちで楽しめる日常の味へと広がっていきます。日本の街でジェラートを見かけるようになったのも、こうした機械と技術が世界に広まった、比較的最近のことです。

歴史は、いまも続いている

古代の雪から、シチリアの言葉、ルネサンスの伝説、パリのカフェ、ボローニャの機械へ。ジェラートの歴史は、ひとりの発明ではなく、たくさんの土地と人が少しずつ手を加えてきた、長いリレーでした。

そして、この歴史はいまも続いています。世界中の職人が、その土地の素材で新しい一杯を生み出し続けているからです。あなたが今日食べる一杯も、この長い物語のいちばん新しい一ページなのです。次の章では、その一杯がどんな素材からできているのかを見ていきましょう。

章末クイズ3問
  1. 「カテリーナ・ド・メディチがフランスに氷菓を伝えた」という有名な物語について、本書の立場はどれでしょう。

  2. 氷菓が「王侯貴族のぜいたく」から「みんなの楽しみ」へ変わった転換点として、本書が確かな史実として挙げるのはどれでしょう。

  3. 1945年、ボローニャで生まれた自動の機械は、ジェラートの何を変えたのでしょう。

選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。