第II部 製造の科学
殺菌と熟成
Pastorizzazione e maturazione
配合という設計図が引けたら、それを実際のミックスに変える工程が始まる。加熱で安全にし、撹拌で脂肪を砕き、低温で寝かせる——殺菌・均質化・熟成。この三つが、同じ配合を「良い構造」に仕上げるか否かを分ける。
なぜ加熱するのか
ミックスの最初の関門は加熱、すなわち殺菌(pastorizzazione)である。目的は二つ。第一に安全——病原菌を死滅させ、腐敗菌の大半を減らす。第二に品質——加熱の過程で糖が溶け、安定剤とタンパク質が水を吸い、脂肪が液化して均一に分散する。第I部で配合した成分が、ここで初めて一体のミックスになる。
殺菌は万能ではない。すべての微生物と芽胞まで殺す滅菌(sterilizzazione)とは異なり、殺菌では芽胞が生き残る。だから加熱後は急速に冷却して、生き残った菌が増える温度域を素早く通り抜ける必要がある。菌が最も増えやすいのはおよそ25〜40℃——人肌のあたりであり、ここをのんびり通過させてはならない。単にミックスを煮沸するだけでは代用にならないのは、その後の冷却が遅いからである。
冷やし方にも、やってはいけない手がある。室温に置いて冷ますのは論外として、熱いミックスを冷蔵庫に入れて冷ますのも避けたい。理由は三つある。ミックスから立つ蒸気が蒸発器に付いて庫の能力を落とすこと、庫内の他の製品が熱の衝撃を受けること、そして最も重いのは、それでも冷却が遅すぎることである。急速冷却とは、冷たいところへ移すことではなく、短い時間で危険温度域を抜けることを指す。
なぜ冷蔵庫では遅いのか。冷たさが足りないからではなく、冷たさを運ぶものが空気だからである。同じ体積で比べると、空気が奪える熱は氷水の21分の1しかない。冷蔵庫はその空気で、しかも静かに冷やす。対して殺菌機の冷却は、金属の壁を介して冷媒が直接に熱を引く。熱を運ぶ相手を間違えれば、庫内温度をいくら下げても間に合わない。
殺菌はあくまで仕上げの安全策であって、汚れた原料を清める魔法ではない。健全な原料と衛生管理が前提にあってはじめて意味を持つ。
日本では、下限が決まっている
殺菌の温度と時間は、好きに選べるわけではない。日本でアイスクリーム類を作るなら、下限は法令が定めている。
製造の方法の基準
又はこれと同等以上の殺菌効果を有する方法で殺菌すること
「乳及び乳製品の成分規格等に関する命令」——長らく乳等省令の名で知られてきた法令である——が定める「製造の方法の基準」であり、守らなければ、それは工夫ではなく違反になる(第14章)。
ここで気づいてほしいことがある。この68℃という下限は、牛乳より高い。同じ命令が、牛乳には63℃・30分、特別牛乳でも63〜65℃・30分を定めている。ジェラートのミックスは、牛乳よりも高い温度を要求されているのである。
だから、乳の世界の数字をそのまま持ち込んではいけない。「低温殺菌といえば65℃・30分」は牛乳の常識であって、アイスクリーム類には届かない。イタリアの文献が低温殺菌として65℃を挙げるのも、その国の枠組みの話である。日本で作る以上、下限は68℃である。
三つの殺菌サイクル
この下限を踏まえたうえで、工房の殺菌は温度と時間の組み合わせでいくつかに分かれる。
| 方式 | 加熱温度・保持 | 冷却先 |
|---|---|---|
| 低温殺菌(法定の下限) | 68℃・30分 | 約4℃へ急速冷却 |
| 高温殺菌 | 85℃・30分 | 5℃未満へ急速冷却 |
| 中間サイクル | 温度は高め、保持は短め(電子制御。文献の図が示す例は72℃・15分) | 急速冷却 |
低温殺菌の68℃・30分は「乳及び乳製品の成分規格等に関する命令」(慣用名は乳等省令)が定める製造の方法の基準(アイスクリームの項)そのもの。高温殺菌の85℃・30分と冷却先は専門文献の記載値。ただし同じ文献は、その節が指す図に82℃・5秒を描いており、本文と図が一致していない——だから高温殺菌の行は「この数字なら安全」ではなく「文献が本文で挙げる代表値」として読んでほしい。中間サイクルの72℃・15分も、文献の図が示す一例である。法令が求めるのは温度と保持時間の組み合わせであり、判断できるのは自分の機械の実際のプロファイルを知っている人だけである。加熱・冷却の所要時間は槽の大きさやミックスにより変わる。
どの方式でも、加熱して一定時間保ち、そこから一気に冷やすという骨格は変わらない。この温度の道筋をたどると次のようになる。
ただし、この表が指しているのは機械のプログラム名ではなく、ミックスが実際にたどる温度と時間である。ここを取り違えると危ない。とくに中間サイクルは、電子制御の殺菌機で温度だけを指定すると、あとはソフトが工程を組み立てる仕組みで、温度が上がるかわりに保持は短くなる。文献が図で示す例は72℃・15分——低温殺菌の30分の、半分である。「温度が両者の間だから、保持もその間のどこか」ではない。
だから確かめるべきは、温度そのものではなく温度と時間の組み合わせである。法令が求めるのは「68℃・30分と同等以上」であり、同等以上かどうかは両方で決まる。自分の機械が、そのプログラムで実際に何℃を何分保つのかを知らなければ、下限を満たしているかどうかは判断できない。表示された所要時間と実際にかかる時間が一致しているかも、ときどき確かめておきたい。ヒーターが一つ壊れれば加熱は遅くなり、ミックスが危険温度域にとどまる時間は、その分だけ延びる。
同じことが高温殺菌にも言える。文献は本文で85℃・30分と書きながら、その節が指す図には82℃・5秒——保持をほとんど持たない鋭い山——を描いている。「高温殺菌」は一つの決まった工程の名ではなく、中身が機種ごとに違う一群の呼び名だと考えたほうがよい。
卵を含むクレマ系では、高温側に振るときに注意が要る。卵黄を減らして水の多い配合では、83〜85℃を超える過加熱でタンパク質が水を手放し、凝集して硬くなる(第10章)。表の高温殺菌85℃は、その線に接している。
低温側を選ぶときにも、連動して動くものがある。こんどは法令ではなく、配合——安定剤である。第4章で見たとおり、ローカストビーンガムを十分に働かせるには85℃を超えるまでの加熱が要る。法定下限の68℃・30分は、この温度に届かない——低温殺菌で通すかぎり、この安定剤は完全には水和しないまま残る。低温のサイクルを既定にするなら、冷水でも水和するグアーガム(第4章)を軸にした組み合わせを選ぶか、サイクルのほうを見直すことになる。殺菌サイクルの選択と安定剤の選択は、連動している。そしてここでも、決め手は同じである——自分のミックスが実際に何℃まで上がるのかを知っていること。
均質化 — 脂肪球を砕く
多くの殺菌機には均質化(omogeneizzazione)の機能が組み込まれている。強い機械的な力で脂肪球を砕き、ごく細かい粒子にして分散させる工程である。第3章で見たとおり、脂肪球は小さいほど数が多く膜が厚く働くため、エマルションが安定する。
均質化の効果は幅広い。全材料が均一に分散し、油と水のエマルションが安定し、コルポが向上する。タンパク質のすみずみまでの水和が進んで構造がよくなり、ホイップ性が高まって溶けと口あたりが改善する。乳化剤が働く土台を、この工程が物理的に整えるのである。
熟成 — 低温で寝かせる
殺菌・均質化を終えたミックスは、すぐには凍らせない。約4℃の低温で数時間寝かせる——これが熟成(maturazione)である。見落とされがちだが、構造を左右する重要な工程である。熟成の仕事は二つに集約される。

一つは、タンパク質による水の抱え込みである。乳・卵・ゼラチンなどのタンパク質は時間をかけて水を吸い、自由に動ける水を「結合した水」へと変える。第1章で見たように、凍結時に素早く氷になるのは自由な水である。熟成で水が抱え込まれていれば、その水はゆっくりとしか凍らず、大きな氷結晶ができにくい。結果として、なめらかですくいやすい組織が得られる。
もう一つは、脂肪の結晶化である。低温下で脂肪球の中の脂肪が部分的に結晶化する。温かいままの——脂肪がまだ液状の——ミックスを凍らせると、脂肪が制御を失って塊になり、バター化(burrificazione)を招く。熟成はこれを防ぎ、同時に第3章で触れたホイップ性の土台をつくる。
必要な時間は、使う安定剤やタンパク質の種類で変わる。ゼラチンは水和しきるのに12〜24時間を要するが、アルギン酸やカルボキシメチルセルロースなら2〜4時間で足りる。かつては48〜72時間の熟成が必須とされ、改良された安定剤によって、今日では4〜6時間まで短縮できるようになった。
ただし、短縮できることと、短縮すべきことは別である。文献が「良い習慣」と呼ぶのは、夕方に殺菌機で仕込み、熟成タンクへ移して翌朝に使う段取り——およそ12〜14時間の、少し広めの熟成のほうである。4〜6時間は下限であって、目標ではない。一晩置ける段取りが組めるなら、そちらを既定にしたい。
そして下限があるなら、上限もある。文献は、熟成の最大限を超えたミックスは酸敗すると述べている。何時間が限度かは配合と衛生状態で変わるので、本書は数字を示さない。押さえておきたいのは、熟成が「置けば置くほど良い」工程ではないという一点である。一晩を既定とするのは、下限を上回り、かつ上限からは遠い位置にあるからだ。忘れられて二晩を越えたミックスは、熟成したのではなく、傷みはじめている(欠陥としての酸敗は第13章)。
熟成のあいだ、ミックスは器を塞ぐ。殺菌機の中で熟成させることもできるが、一晩となればその機械は翌朝まで次の仕込みに使えない。作る回数が増えるほど、熟成を受け持つ器を別に持つ意味が出てくる(第8章)。
職人の視点
工程が構造を決める
同じ配合でも、殺菌の温度、均質化の有無、熟成の長さが変われば、出来上がるジェラートの構造は変わる。第I部で引いた設計図は、この工程を正しく踏んではじめて、狙いどおりの氷菓になる。
熟成を終えたミックスは、いよいよ凍結を待つばかりである。撹拌しながら凍らせ、空気を含ませ、氷結晶を細かく保つ——次の第7章「フリージングと保存」では、その凍結と、作った構造を保存で守る技術を扱う。
章末クイズ2問
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イタリアの文献に倣い、ミックスの低温殺菌を65℃・30分で行うことにした。日本でアイスクリーム類を作る場合、本書の評価はどれか。
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殺菌を終えた熱いミックスを冷蔵庫に入れて冷ますことについて、本書は避けるべき理由を三つ挙げ、そのうち一つを「最も重い」とする。それはどれか。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。