第IV部 経営と品質
原価計算と価格設計
Costi e prezzo
おいしいジェラートを作れることと、店を続けられることは、別の技術である。第IV部の締めくくりとして、味を事業として成り立たせる——原価を把握し、価格を設計する考え方を扱う。数字は、良い仕事を明日も続けるための道具である。
続けられて、初めて価値になる
ここまでの章で、ジェラートを設計し(第I部)、作り(第II部)、守り、診断し、法に沿って世に出す(第IV部前半)技術を見てきた。だが、どれほど良いものを作っても、採算が合わなければ店は続かない。続かない店のジェラートは、もう誰も食べられない。おいしさは、事業として続けられて初めて、社会的な価値になる。
原価計算と価格設計は、そのための技術である。難しい数式は要らない。必要なのは、「一杯のジェラートに、いくらかかっているか」を正しく把握し、「いくらで売れば続けられるか」を筋道立てて考えることである。
原価は二つの層でできている
コストは大きく二種類に分かれる。作る量に応じて増減する変動費と、作っても作らなくてもかかる固定費である。
| 種類 | 性質 | 主な例 |
|---|---|---|
| 変動費 | 作る量に比例して増減する | 原材料費、包装資材、(一部の)光熱費 |
| 固定費 | 量にかかわらず一定でかかる | 家賃、人件費、機械の減価償却、基本料金 |
一般的な原価計算の分類による。具体的な金額・比率は事業ごとに異なる。
この区別が重要なのは、二つが正反対の振る舞いをするからである。変動費は一杯あたりで考えれば一定に近いが、固定費は「たくさん作って売る」ほど一杯あたりの負担が軽くなる。つまり、原価は生産量と密接に結びついている。
原材料費を積み上げる
変動費の中心は原材料費である。そして、その計算はすでに本書のなかにある——第5章のバランシングだ。配合が成分と分量で書けていれば、各原料の単価を掛けて足すだけで、一回のミックスの原材料費が出る。そこから得られる杯数で割れば、一杯あたりの原材料費になる。バランシング表は、レシピであると同時に原価表でもあるのである。
ただし、机上の配合どおりには進まない。いくつかの「目減り」を見込む必要がある。
- ロス——廃棄、作りすぎ、試作にかかる分
- 歩留まり——仕入れた量のうち、実際に使える割合。皮や種を除いたあとに残る分
- 空気(オーバーラン)——凍結で体積は増えるが、原価は増えない。杯数を体積で数えるなら見かけ上コストが下がるが、これは錯覚に近い。原価は重量ベースで押さえるのが堅実である

これらを見込まずに原価を低く見積もると、価格設計そのものが狂う。第12章で説いた記録が、ここでも効く——実際の使用量とロスを記録していれば、机上ではなく実態の原材料費がつかめる。
価格をどう決めるか
原材料費に、固定費の一杯あたり負担と、確保したい利益を足していく——これが原価からの積み上げである。原材料費が売価に占める割合はフードコスト率と呼ばれ、経営の健康状態を映す代表的な指標になる。この率を継続的に見ておくことが、値付けの出発点である。
もっとも、価格は原価だけでは決まらない。同じ一杯でも、立地、店のブランド、体験の質によって、成り立つ価格は変わる。原価は「これ以下では続かない」という下限を教えてくれるが、上限を決めるのは市場と価値である。原価を無視した安売りは続かず、価値の伴わない高値も続かない——その間で、自店にとって持続可能な一点を探すのが価格設計である。
この関係を一枚にしたのが損益分岐点の図である。売上高が総費用を上回る点——ここを超えて初めて、事業は利益を生み、続けられる。固定費が重いほど分岐点は右に遠ざかり、より多く売る必要が生じる。価格を上げるか、数を売るか、原価を下げるか——経営の選択肢は、この図の上で考えられる。
数字は、続けるための道具
原価計算は、けっして「安く作る」ためだけの技術ではない。良い素材を使い続けるために、いくら必要かを知る技術である。原価を正しく把握してこそ、「この果実は高いが、この価格なら使い続けられる」といった、質と経営を両立させる判断ができる。どんぶり勘定は、良い素材を諦める方向にしか働かない。
そしてその土台は、やはり記録である。配合の記録(第5章)、原料と工程の記録(第12章)——本書が繰り返し説いてきた記録は、味の再現のためであり、安全の証明のためであり、そして経営を続けるためのものでもあった。
これで、第I部から第IV部までがそろった。糖と水の物理から始まり、乳と脂肪、安定剤、バランシング、そして製造・保存・応用・経営へ。ジェラートという一つの氷菓を、科学として設計し、技術として作り、事業として成り立たせる——その一通りを歩いてきた。
だが、設計できることと、それを毎日そのとおりに出せることは、また別の技術である。残る第V部では、作り上げた構造を店の一日として回す仕事——温度の受け渡し(第16章)と工房の動線(第17章)——を扱う。
数値は地図であって、目的地ではない。地図を手にした職人が、最後の一歩を舌と経験で決める。その一歩のために、本書のすべての章がある。
章末クイズ3問
-
空気を多く含ませれば、同じミックスからより多くのカップが取れる。「オーバーランを上げれば原価が下がる」——本書はこの考えをどう扱うか。
-
原材料費に固定費の負担と利益を足して、一杯の売価を積み上げた。この額は適正価格と言えるか。
-
固定費が重い店ほど、損益分岐点はどうなるか。
選ぶと、その場で答え合わせになります。外れても、消していけば道が残ります。